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爽やかじゃない心情


未鷺は佐助の部屋を出て自分の部屋に急いでいた。
元秋がまだいるかもしれないと思うと自然に足が早まるのだ。

佐助の部屋は一階の奥側にあり、エレベーターに乗るにはソファーとテレビがある談話室を通らなければならない。
その談話室から声が聞こえてきて、未鷺は足を止めた。

「最近練習に身が入ってないって自分でも気付いてんだろ!」

険悪なムードのようである。
未鷺が入るとかえってややこしい状況に成り兼ねないので、このまま待つことにした。
暴力沙汰になったら止めに入れば良い。

「そんなことは……ないです」

弱々しくもう一人が答える声がした。
聞いた覚えがある声だが誰だったか、未鷺は考える。

「お前の他にレギュラーになりたい奴はいくらでもいるんだ。転入生に構ってる方が良いって言うならサッカー部を辞めちまえ!」

言い捨てた足音が遠ざかって行く。
怒鳴っていた方は未鷺がいない側から出て行ったらしい。
未鷺は談話室に入って、力なくソファーに座る橋本爽太を目にした。

「菖蒲未鷺……さん」

覇気のない顔をした爽太は未鷺に気付くと名前を呟いた。

「橋本か」

爽やか代表とは思えないくらい、爽太は沈んだ顔をしていた。
先程言われたことが相当なダメージになったらしい。

「野原が心配で……」

爽太は未鷺に会話を聞かれたことに気付いたのか、弁解するように口にした。

「野原が、出校停止にされたから集中出来なかったんだ」

暗に、「未鷺が野原を処罰したからだ」と告げるそれに、未鷺は鼻を鳴らした。

「言い訳か」
「違っ……くないかもな」

否定しようとした爽太は苦笑いを浮かべ頭を抱えた。

「クラスにいれば野原は一緒にいてくれるのに、生徒会といるときはあっちに夢中だ」
「生徒会役員は出校停止中に山口を訪ねていたようだな」
「だから俺は野原に会いに行けなかったんだよ」

爽太は男前で親衛隊を持っているとはいえ、一般生徒である。
生徒会と関わるのを躊躇するのも無理はない。

「なんでこんなこと言ってるんだろ、俺」

弱音を吐いたり嫉妬をあらわにしたり、彼の親衛隊が見たら驚くような姿だ。

「サッカー部を辞めるつもりか」
「辞めるなんて……」

「山口を諦めるか」
「嫌だ……」
「それなら」

未鷺は爽太の正面に立つと彼を真っ直ぐに見詰めた。

「山口を追うことと部活を両立しろ。風紀委員にも仕事を熟しながら部活で活躍している奴がいる」
言われた爽太は目を丸めた。
未鷺に遠回しに励まされたような気がした。

「……頑張ってみる」

恐る恐る爽太は未鷺を見上げる。
厳格で冷たく規則の鬼だと言われる未鷺が、無表情はいつも通りでも、穏やかに見える。
偏見を取り払って見ると未鷺はやはり綺麗で、爽太は赤面し目を反らした。

「どうした」
「何でもないよ、あの、ありがとう」

なぜ爽太に礼を言われたのかわからず未鷺は首を傾げたが、とりあえず頷く。

「ところで橋本。親衛隊と話したか」
「ぅえっ?!ま、まだ」
「橋本」

途端に未鷺の声が険しくなる。

「山口のためを思うなら親衛隊と話をつけろ」
「……わかった」

爽太は大きく頷いた。
それに満足した未鷺は談話室から出た。

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