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忠犬の嘘


未鷺に電話し終わった佐助は長いため息を吐いた。
未鷺との食事は一緒にいられる貴重な時間だ。
包帯の負かれた右手と右足首を恨めしげに見る。

階段から誤って落ちた、と未鷺や風紀委員、フライングディスク同好会には告げたが、それは嘘だった。
明らかに意図的に突き落とされたのである。
もともと丈夫で運動神経の良い佐助だから捻挫で済んだものの、当たり所が悪ければ、と考えるとぞっとする。

それ以上に佐助を悩ませたのはいつの間にかポケットに入れられていたメモだ。

『これは菖蒲未鷺への警告だ。親衛隊各隊の邪魔をするな』

丁寧な字で書かれたそれを、未鷺に見せることなど佐助には出来ない。
自分を責めるだろうから。

未鷺には一人で出歩かないようにそれとなく注意しなければ、と佐助が意気込んだとき、部屋のチャイムが鳴った。

「はーい」

共有スペースにいた同室者が扉を開けたようである。
個室のベッドで寝転がっていた佐助は特に気にしなかったのだが、

「未鷺様……!」

同室者が悲鳴に近い声を上げたので、無事な左足で跳ねながら個室を出た。

「菖蒲先輩!どうしたんすか!」
「臥せっていると思ったら存外元気だな」
「捻挫って言ったでしょ!臥せりませんよ!」

未鷺は髪を下ろし黒のシャツの私服姿だ。
石鹸の良い香りがするので風呂上がりなのかもしれない、と佐助は想像して赤くなる。

「こんな時間にそんな無防備な格好でふらふら歩かないで下さいよ」
「お前は座ったらどうだ」
「俺の話聞いてます?」

しかし未鷺は佐助の怪我を心配してくれているようなので、ダイニングの椅子に向かい合って座る。
気を使った同室者が茶を出そうとしたが未鷺がそれを制し、個室にいるよう頼んだので、彼はそれに従った。

「痛むのか」
「大丈夫っすよこんくらい。スポーツに怪我は付き物だから馴れてるんすよ。安静にしてなきゃいけないのが面倒なくらいで」
「お前がなぜ階段から落ちるなど……」

基本的に風紀委員は格闘技経験者から成る。
中でも佐助は様々なスポーツを愛好している。

「ほら、猿も木から落ちるとか犬も歩けば棒に当たるとか言うじゃないっすか!考え事してたら足を踏み外したんすよ」
「お前も考え事をすることがあるのか」
「ありますよ。いっつも菖蒲先輩のこと考えてますよ……」

佐助の言葉は尻すぼみになっていた。
未鷺は無表情を変えなかった。

「しばらくは俺の食事の献立を考えることもないのだからゆっくり養生しろ」
「はい……」

佐助は静かに肩を下ろす。

「フリスビーの試合は残念だったな。お前が治ったら観に行く」

佐助が落ち込んでいるように見えたのか未鷺は柔らかい声音で言った。

「本当っすか!早く治しますよ!」

ぱっと顔を上げた佐助が見たのはいつになく穏やかな表情の未鷺だった。
未鷺の背景に花が咲いているように佐助の目には映った。

「菖蒲先輩何かいいことありました?」

最近未鷺は眠そうにしていたり不機嫌なことが多かった。
それが今は憑き物が取れたようである。

「……いいこと」

未鷺が何を想像したのか佐助にはわからないが、彼の背景に更に花が咲き出したので、余程「いいこと」があったらしい、と思った。

静谷との噂が流れていることを未鷺が気に病んでいないか心配していた佐助はとりあえず安心する。

「菖蒲先輩も今日は元気そうで何よりっす、けど――」

佐助は言葉を詰まらせて続ける。

「俺は勿論信じてないっすけど静谷先輩との噂のせいで、菖蒲先輩とヤれるんじゃないかって思い始めた奴らがいるらしいんすよ。一人で見回りとか気をつけて下さい」
「ああ」

未鷺は椅子から立ち上がりぽんぽんと座ったままの佐助の頭に手を置いた。

「お前の言うようにするから、お前も身体を大事にしろ」

佐助は未鷺を見上げると真っ赤な顔で破顔した。

「はいっ!」

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