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五日目3


野原は廊下を走り、階段を上がり、また廊下を走った。
出来るだけ自分の部屋から離れたかった。

元秋のことは親友だと思っていたし、未鷺は友達で、とても綺麗だと思っていた。
その二人が自分の知らないところでキスをしていた。
どちらにも嫉妬心が芽生える。

さらに走り続けると、角を曲がったところで誰かにぶつかった。

「ごめ……あっ」

顔を上げるとそこにいたのは靖幸だった。

「野原?」

今の野原は普段の変装をしていない素の姿だった。
野原は自分の外見に興味がなかったが、今までいろいろな人に見かけを褒められてきた。
変装している間に誰かに素の姿を見てほしい、可愛がってほしい、という願望が生まれていた。

「そうだよ、俺、野原だよ……」

言うと、涙が溢れてくる。
靖幸は野原をじっと眺めると近くのドアを開けた。

「ここ俺の部屋。話聞いてやろうか」

いつもより優しい靖幸の声音に引き寄せられるように部屋に入る。
「そこ座れよ」

高価そうなソファーに座って野原は泣き続けた。
少し野原が落ち着いてきたのを見計らい、靖幸は隣に座った。

「何かあったのか?」
「も、元秋と……未鷺が……」
「未鷺?」

野原は靖幸が未鷺の名前だけ繰り返したことを気に留めなかった。
こくりと頷いて、涙を拭い、言う。

「元秋と未鷺がキスしてたんだ……」

数秒の沈黙の後、靖幸は口を開く。

「付き合ってんのか?その二人は」
「そんなこと俺聞いてないよ!元秋は俺の親友だし、未鷺だって俺の友達だ!二人が仲良くしてるとこなんて、見たことなかったのに!」
「未鷺が無理矢理されてたんじゃねぇんだな?」

靖幸に尋ねられ、野原は二人が唇を重ねていた姿を脳裏に描く。
顔を傾け優しく未鷺の頭を支える元秋と、目元を朱く染めて長い睫毛が縁取る瞼を閉じていた未鷺。
その艶やかな表情を思い出し野原はどきっとした。

「未鷺はじっとしてたよ……。嫌がってなかった」

野原は余計にわからなくなる。
一昨日未鷺がアスカを訪問する現場を見たばかりだ。
空と陸の言うことが正しければ未鷺はアスカと性行為をしていて、その二日後に元秋とキスしたことになる。
二股をかけているのか、誰でも良いのか。
それだったら俺だって、と考えたところで野原はぶんぶんと頭を振った。

「わからないっ……、わからないよ!」

再び流れ出す涙で目が見えなくなる。
静かに靖幸は野原を抱き寄せ、背中を優しくさすった。

「驚くのも無理ないな。話してくれて良かった」

宥めるような甘い声と裏腹に、野原の死角で靖幸は暗く冷たい目でぎりぎりと歯を食いしばっていた。

そのことに気付かず、野原は靖幸の胸で泣き続けた。

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