四日目3
「未鷺様が寝ていらっしゃる……?」
「馬鹿!未鷺様が授業中に居眠りなんかするわけないだろ!考え事をしてんだよ」
「そうか!」
昼休み後の日本史の授業で、目を閉じ手を止めている未鷺を振り返ったクラスメートがこそこそと話す。
彼らの間では未鷺が何か思案しているのだと結論づけたようだが、実際未鷺は完全に夢の中だった。
昨夜はアスカの部屋に泊まらず、。部屋に戻った
『付き合ってみない?』
抱きしめられたままアスカに言われ、動揺した。
兄の面影と重ねていたアスカが自分を恋愛対象として見ているとわかった瞬間、未鷺はアスカから離れた。
『考えてみて』
男と付き合うなんて、と拒絶することが出来ないのはアスカが先輩だからでも、生徒会だからでもなく、安らぎを与えてくれる人だからだ。
きちんと断らなければいけない、と思い口を開きかけると、アスカは未鷺の肩に優しく手を置きくるりと出口のドアへ向けて反転させた。
『またねー』
有無を言わさず部屋から出るのを促され、未鷺は返事をすることが出来なかった。
自分の部屋に帰っても寝付けず、結局一睡もしないで朝を迎えてしまったのだ。
そして授業中が睡眠タイムと化していた。
未鷺はあまりにも姿勢正しく目だけ閉じているので、寝ていないようにも見えたが。
終了のチャイムによって目を覚ました未鷺は自分が寝ていたことに気付いた。
今夜は早く寝なければ、と意気込む。
「ふざけんな!勝手なこと言ってんじゃねーよ!」
「そっちこそ、あの人を美化し過ぎてるんじゃなぁい?誰だって溜まるもんは溜まるでしょ」
上手くいかないものだ。
風紀の仕事を早めに終わらせて部屋に帰ろうとしていたら廊下で喧嘩に遭遇した。
タイピンから喧嘩している二人とも一年生だとわかる。
背の高い体育会系と、小柄な女子のような生徒。
どちらかというと、前者が激昂して、相手に掴みかかりそうな勢いだ。
「何をしている」
眠い目を擦りたいのを我慢しつつ未鷺は尋ねた。
二人はピシリと固まった。
更に背の高い方は顔が真っ赤になっていく。
「み、未鷺様……」
「喧嘩か」
「いいえー、違うんですよぉ。歩いてたらいきなりこの人がアスカ様の悪口を言ってきたんですぅ」
嘘か真か目に涙を溜めた小柄な方が他方を指差した。
「静谷先輩の……。本当か」
「お、俺はただ未鷺様と静谷先輩の噂が信じられなくて――あっ」
答えた生徒は思わず口走ってしまった言葉に慌てて口を塞いだが、言ってしまったものはもう遅い。
「噂とは何だ」
「未鷺様がぁ、アスカ様のお部屋に通ってるって噂ですよぉ」
小柄な方が答えた。
「僕はアスカ様の親衛隊なんですぅ。未鷺様みたいなお方がセフレだったらアスカ様の株もあがるしぃ、僕としたら大歓迎なんですよぉ」
「未鷺様をセフレ扱いすんじゃねーよ!」
また二人はぎゃあぎゃあと言い合いを始める。
アスカの親衛隊員と対峙しているのは自分の親衛隊員なのだろうか、と未鷺はぼんやりした頭で考える。
何にしろ喧嘩の原因が自分のせいだというのは頭の痛いことだ。
「静谷先輩に敬意はあるが、俺に男に抱かれる趣味はない」
きっぱり言い放つと未鷺の親衛隊員は目を輝かせた。
「ま、まだ純潔なんですね!未鷺様」
感涙しそうな勢いの親衛隊員を睨み、未鷺は「喧嘩はやめるように」とだけ言うと早足で自分の部屋を目指した。
部屋に入ってまた嫌な気分になる。
或人がAVを観ていた。
「それを消せ」
「菖蒲さんお帰りー。今日はちょっと早いね!」
未鷺は画面を消さずに話してくる或人を一瞥し、個室に向かう。
「待って。さっき二年生の子が菖蒲さんに相談があるって来たよ。用件メモしといたから」
ひらひらと或人が紙を振った。
未鷺はそれを受け取る。
『イジメについて。明日午後11時半。2階の廊下階段側で』
「菖蒲さんに直接会いたいんだってさ。かなり追い詰められた顔してたよ」
「……わかった」
未鷺は頷いて今度こそ部屋に入った。
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