四日目2
「取引?」
「あ、ごめん。そんな堅苦しいもんじゃないけど二択のどっちか選んでほしいんだ」
或人は人差し指を天に向かって突き出す。
「鬼原君が菖蒲さんに風紀委員のことを聞きに来たって言い張る場合。俺は菖蒲さんに『鬼原君が菖蒲さんの恋人だって言って部屋に入って来た』って伝える。これが一つ目」
元秋は眉間の皺を皿に深めた。
或人は既に未鷺と元秋の間に何かあるのを掴んでいるようだ。
出校停止中に他人の部屋に入ったことが知られたら未鷺との関係はさらにこじれるだろう。
「てめえ……」
「二つ目。鬼原君が未鷺との関係を認めたら、俺はお前のお願い聞いてあげる。もちろん口外はしない」
元秋が凄んだのを気にせず或人は二本目の指を立てた。
「どっちがいい?」
楽しそうな或人を睨みながら元秋は考える。
一つ目の選択肢を選べば、会って弁解することも出来ない今、未鷺の不信感をつのらせることになるだろう。
未鷺だったら元秋の罰を延長させるかもしれない。
二つ目を選べば、未鷺に会う機会を得られるかもしれない。
或人が約束を守れば、の話ではあるが。
「俺は菖蒲のことが好きだ」
「へぇ?」
「まだ付き合ってはねえけど」
絶対付き合ってやる、と元秋は胸中で付け足した。
「じゃあ今はトモダチなの?」
或人はぎらついた瞳で身を乗り出して尋ねて来る。
友達以上の関係になっていると思うが、そこまで話してやる義理はない。
元秋は頷いた。
「俺の願いをきくって言ったな」
「うん」
あっさりと或人は首を縦に振った。
「菖蒲と会いたい、二人で」
人に手を借りるのは癪だったが、手段は選んでいられない。
未鷺が他の男と二人きりで会っていたというだけで、凶暴な嫉妬を覚えた。
早く未鷺を捕まえなければ自分が何をするか、元秋自身にもわからない。
「それじゃあ明日の午後11時半に菖蒲さんを鬼原君の部屋の前に行かせる」
「……今、俺あいつに避けられてんだよ」
「菖蒲さんなんか簡単に騙せるから平気だよ。馬鹿正直だしね」
未鷺のことを話す或人の顔が一瞬優しげなものに変化した気がして、元秋は訝しんだ。
しかしその表情はすぐに消え、元に戻る。
「俺の部屋は202号室だ」
「202ね、了解」
「俺と菖蒲のこと他に言うなよ」
「わかってる」
素直に答える或人は、第一印象より悪い人間ではないのだろうか、と元秋は思った。
「何で俺を手伝うんだ?」
「鬼原君のデカいブツに貫かれてる菖蒲さんの歪んだ顔を想像すると何回でもイケるから」
元秋は先程の或人の評価を撤回し、ただの変態だったと修正した。
「菖蒲が好きなのか」
「好きだよ。自分じゃ触れたくないくらいにね」
ソファーに沈んだ或人の顔は元秋からは見えなかった。
これ以上の長居は無用だ。
「頼む」
元秋は或人の後頭部に向かって言うと部屋を出た。
「知ってたのにな」
部屋に一人になった或人はソファーに体育座りして太股に顔を埋めた。
親衛隊副隊長の或人が二ヶ月近く未鷺が元秋の部屋に通っていたのを知らないはずがなかった。
あの大柄でいかつい顔をした男が未鷺の特別になる予感はしていた。
「み、さぎ……」
掠れた声は誰にも届くことなく消えた。
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