二日目2
午後9時過ぎ、未鷺は風紀委員の仕事を終えると寮の501号室のアスカの部屋に向かった。
生徒会役員は一人部屋を持っているため、同室者を気にしなくて良い。
その代わり、五階は役員だけのフロアなので、廊下で誰かに会わないようにしなければいけない。
未鷺はエレベーターに乗るのを避けて階段で五階に上がった。
501号室は端の部屋だ。
チャイムを鳴らすとすぐにアスカは出て来た。
「ミサちゃん本当に来てくれたんだ!入ってー」
アスカの部屋は未鷺が知るどの寮室とも大違いだった。
黒を基調とした家具と変わった置物や飾りは美術部だというアスカの個性を反映したもののようだ。
少し絵の具の匂いがする。
「じゃあ早速だけど脱いでね」
「……」
「あああ冗談だから帰ろうとしないでよー」
くるりと背を向けた未鷺をアスカは引き止め、ソファーに座るようすすめた。
「緑茶と紅茶とコーヒーとコーラがあるけど何飲む?」
「緑茶をいただきます」
「冷茶でいい?」
「はい」
お茶菓子を乗せたお盆を持ってアスカがキッチンから戻ると未鷺は背筋を伸ばしてソファーに座っている。
「くつろいでていいのに」
個性的な柄の湯呑みや皿をテーブルに並べてアスカはスケッチブックと筆箱を持って来た。
二人掛けソファーの未鷺の隣に座る。
「とって食ったりしないから恐がんないで」
隣に座られると思わなかった未鷺が身を固めると、弱ったように笑ってアスカはソファーの未鷺の反対側のひじ掛けに、未鷺を向くようにして座った。
「ちょっとだけこっち向いてくれる?」
未鷺が身体ごとアスカの方を向くとアスカは紙に鉛筆を走らせた。
「動いていいんだからね」
まばたきするのさえ戸惑うような未鷺の仕草にアスカはくすりと笑う。
「ミサちゃん最近眠れてるー?」
「……はい」
未鷺はそう答えたが実際は違った。
一昨日から寝付きが悪く、気付いたら朝になっている。
「それならいいけど」
アスカは色白の未鷺の目の下に薄く浮かぶクマに気付きながら深く追及することはしなかった。
しばらく鉛筆の芯が紙を滑る音だけが部屋に響いた。
小気味よいその音が未鷺の眠気を誘った。
「ミサちゃんは恋してるの?」
唐突な質問に未鷺はこてんと首を傾げた。
真っ先に浮かんだのは元秋の顔で、それを恋と形容出来るのかぼんやりしている頭で考える。
「恋では、ありません」
未鷺は妙にきっぱりした口調で答えた。
それは気になる人物がいることを肯定してしまっているのだが、睡魔と戦うことに必死な未鷺は気付かなかった。
「ミサちゃんを寝不足にするくらい悩ませるなんて、相手は男失格だね」
半分夢の中にいる未鷺にこんな聞き方をするのは卑怯かと思いながらアスカは言った。
落ちかけた瞼をどうにか開けようとして未鷺は首を横に振る。
「あれが、男失格というと、他の男も皆……失格、になって……しま――」
やはり相手は男か、とアスカが考えていると未鷺の頭がかくんと揺れた。
睡魔に負けたらしい未鷺を抱き留め、アスカはどうしようかと思う。
まだ午前12時を回っていないので起こして部屋に帰すことも出来るが、腕の中であどけない寝顔を見せる未鷺を起こすのは可哀相だしもったいない気がする。
「俺ってすごい我慢強い」
抱き上げて自分のベッドに未鷺を運びながらアスカは呟く。
白い喉元を曝し、無防備な未鷺は今なら簡単に征服出来るだろう。
自分の考えに苦笑しながらアスカは未鷺の瞼に唇を落とした。
「辛そうな顔ばっかしてたら、俺が狙っちゃうよ」
ベッドに下ろした未鷺に囁くと布団をかけてやり髪を撫でた。
「おやすみ」
アスカがリビングに戻るとスケッチブックの中の未鷺が切なそうな表情で見つめ返してきた。
明日の朝早くに本物を起こしてあげよう、と思いながらアスカはソファーに寝転び瞼を閉じた。
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