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事件の結末


「は、放せよ!」

案の定、野原は敵側に捕まっていた。
到着直後は箒を振り回して戦っていた野原だったが、体格差に物を言わされ、今はすっかり人質と化している。

「そいつを放せよ」

ため息を吐きたい気持ちで元秋は言う。
まさかせっかくの勝利の鍵を敵側が解放するわけがないと知りながら。

「少しでも動いたらこいつの指一本ずつ折ってくぞ」

言われた野原は真っ青になってじたばたともがく。
こうなってしまえば打つ手はない。
元秋は大人しく全身の力を抜いた。

「聞き分けが良くて助かった」

意地の悪い笑みを浮かべたもう一人の生徒が拳を作って寄って来る。
殴られる。
わかっていたが元秋は動かなかった。

「元秋!」

悲痛な野原の叫び声と頬への鈍い衝撃が元秋の頭を揺らした。
口の中に鉄の味が広がる。
飯食うとき滲みるじゃねえか、と呑気に考えながら口内の血を吐き出す。

これで終わらす気はないらしい相手は、元秋の腹に蹴りを入れた。
元秋は一歩だけ後ろに下がると口の端についた血を拭って口角を上げた。

「こんなもんかよ」

その元秋の呟きに激昂した相手は飛び掛かってきた。
体重に任せた勢いのまま二人ともが地面に倒れ、相手は元秋に馬乗りになった。
拳を振り上げる。

「元秋ー!」

野原はもう泣いてるようだった。
元はと言えばお前のせいだぞ、と元秋は苦笑する。
来るだろう衝撃に備えて歯を噛み締める。

しかし、拳は振り下ろされることなく。
それよりも鋭利な声が響いた。

「全員動くな」

元秋の好きな涼しげで凛とした声だ。
だが、わずかにいつもと違う気がする。

馬乗りになっていた生徒が退くと、元秋は尻を払いながら立ち上がった。
格好悪いとこ見せちまった、とやや気まずく感じながら声の方を見遣る。

「未鷺……?」

元秋の代わりに野原が怪訝そうにその名を呼んだ。
いつもきっちりとハーフアップにされた髪はとかれたまま風に遊ばれ、ワイシャツはボタンが数個開いているし裾も出ている。
走ってきたのか、肩で息をしている。

そこにいる生徒全員が未鷺に対して違和感を抱いていた。

「学生証を出せ」

いつもより赤い唇で未鷺が紡いだ言葉に、皆が我に返った。

「未鷺!!来てくれて良かった!」

嬉しそうに駆け寄る野原を、未鷺は冷たい目で見据えた。

「学生証」
「え?」
「お前もだ、山口」

野原は何を言われたかわからない顔をした。
未鷺はすぐ野原から視線を移し携帯を弄り始めた。

「西校舎裏に怪我人数名だ。何人か寄越せ」

他の委員への連絡らしき電話をかけたらしい。
通話が終わる時には、倒れていた生徒達も起き上がり、未鷺におずおずと学生証を手渡している。

元秋もブレザーを拾って取り出した学生証を差し出す。

未鷺は無言で受け取り携帯に名前を控えている。

「未鷺!最初は元秋しかいなくて6対1だったんだぜ!喧嘩じゃなくて虐めなんだよ!」
「山口」
「何?」
「そこにいる篠田の指が折れてるように見えるが」

野原を捕まえていた男を目で指して未鷺が言った。

「俺が持って来た箒が当たって……」
「武器を使ったのか」
「武器じゃないよ!借りてきたただの箒だよ」
「怪我を追わせたなら同じだ」

きっぱりと告げられた言葉に、野原は押し黙る。

「暴力行為を伴う喧嘩は七日間の出校停止が通例だ。処分が決まり次第連絡が行く」

言い終わると背を向けた未鷺に代わって、保健委員が姿を見せた。
先程の電話で彼らを呼んでいたらしい。

「皆さん歩けますね?」

未鷺に指が折れていることを指摘された生徒だけが学内にある保健センターに送られ、残りは保健室行きになった。

未鷺の去って行く背中を、元秋は最後まで目で追っていた。

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