言葉の意味
元秋はしばらく未鷺の部屋のドアを眺めていたが、このままここに居ても仕方ないので202号室に戻った。
リビングのソファに乱暴に腰を下ろす。
せっかく会えたというのに、あのような別れ方をしてしまっては気が重い。
未鷺が去り際に見せた表情と、あの時言った言葉の意味がわからない。
「香りってなんなんだよ」
元秋は未鷺の部屋を訪れる前にシャワーを浴びていたのでまさか体臭のことではないだろうし、歯も磨いたので口臭でもない。
第一、そういった臭いの類いを「香り」と表現しないだろう。
「なんだっつーんだよ」
未鷺を悲しげにさせたことに腹が立って、元秋は自分の短髪をぐしゃっと掴んだ。
未鷺のために買ったシャンプーの甘い香りが広がる。
「この香りか……?」
未鷺と前回近づいたときと変わったものと言えばこのシャンプーだけだ。
この香りが気に入らなかったのだろうか、と元秋は首を捻る。
「元秋……?帰って来たの?」
いつもよりさらにずれたかつらを被って、眠そうな野原が個室から出てきた。
「ああ」
「どこ行ってたんだ?」
「散歩だ」
今の元秋には野原に構ってやる余裕はなかった。
野原が目を擦りながら隣に座ってくると、内心で舌打ちする。
「元秋、何かあったのか?辛いことがあったらなんでも俺に言えよ」
こういう野原の勘の鋭さが生徒会役員を虜にしたようだが、元秋には面倒に思えた。
「気にしなくていいから眠いなら寝てろよ」
野原の小さな頭に手を置いてくしゃっと撫でてやる。
そうすると、甘い香りがふわりと元秋の鼻孔をくすぐる。
元秋は手を止めた。
「……待てよ」
「え?」
元秋の独り言に首を野原は傾げた。
思い当たることがあって、元秋は風呂場に走った。
洗い場に置いてあるのは案の定、元秋が未鷺のために買ったシャンプーとトリートメントと、安い石鹸だけである。
「どうしたんだ?」
野原が元秋を追って来て、ひょこっと顔を覗かせた。
「お前って、このシャンプー使ってんのか?」
「え、うん。そうだぜ」
「……これは使うな」
「なんでだよ!元秋ケチだなぁ」
「お前の買いに行くのについてってやるからこれはだめだ」
元秋は何となく、未鷺が言った意味がわかった気がした。
明日になったら何回でもメールや電話をしよう、と決めて、今日は寝ることにした。
未鷺のために買ったシャンプーとトリートメントは部屋に持って行って眠らせておくことにする。
早く未鷺に会いたかった。
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