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久しぶりの会話


放課後。

午後5時46分、山口野原は萩野慎一親衛隊の呼び出しに遭う。
反抗してさらに怒らせた模様。

午後6時1分、間口空親衛隊の呼び出しに遭う。
野原は親衛隊に対し説教を始め、悪印象を与える。

午後6時23分、橋本爽太親衛隊の呼び出しに遭う。
爽太と自分の仲の良さを主張し、反発を招く。



未鷺は一連の報告を聞いて頭痛を感じた。
状況はさらに悪くなっている。
今日は廊下で空が野原に抱きついたところが目撃されたせいで、空の親衛隊まで動いたようだ。

未鷺は生徒会が遅れて渡してきた宿泊学習の書類と野原の件を風紀委員室に残って片付けていた。

風紀委員の仕事のシステムを作り直したのは自分だから、なるべく他の委員に頼らず一人でやろう、と決めている。

ようやく完成して時計を見ると、午前一時を回っていた。

風呂に入って寝るために、未鷺は早足で自室まで戻った。




静かな廊下を歩いてたどり着くと、未鷺の312号室の扉の横に大柄な男が背中を丸めて座っていた。
見間違いはしない、元秋だ。

「こんな時間に何をしてる……。違反者、名前は」

未鷺が声をかけると、顔を上げた元秋はにやっと笑った。

「鬼原元秋だ」
「そうか、鬼原か。この違反に対する罰則は数日後連絡する」
「おいおい待てよ、未鷺」

すらすらと言って部屋に入って行こうとする未鷺を、元秋は咄嗟に呼び止めた。
名前で呼んだことは一度もなかったことに、言ってから気付く。
野原が「未鷺、未鷺」と呼ぶからつられたのだ。

下の名前で呼ばれた未鷺はぴたりと動きを止めた。

元秋からは未鷺の顔が見えない。
怒ったか、と心配になって覗こうとすると顔を背けられ睨まれた。

「いつ名前で呼んでいいと言った」

その目元はほんのりと赤くなっていて、厳しい口調も照れ隠しのようだ。
元秋は未鷺を抱き締めたい衝動を抑えて立ち上がる。

「呼んじゃ悪いかよ」
「……悪いとは言っていない」

どんな顔をして言っているのか知りたくなった元秋は、身を乗り出して未鷺を正面から見ようとするが、そのたびに顔を背けられる。

「こっち向けって」
「断る」
「いいから向けよ」

未鷺の両肩を掴んで壁に身体を押しつける。
対して抵抗せず、されるがままに壁に背中を預けた未鷺は、元秋を見上げた。
未鷺自身は睨んでいるつもりだろうが、元秋にしたらただの上目遣いだ。

可愛さに耐えかねて、元秋は未鷺の両頬を、自分の両手で挟んでつぶした。

「何してる」
「お前が美人過ぎるからちょっとは不細工にしようと思ってな」
「で、どうだ」
「相変わらず綺麗で困る」

元秋は眉を下げて未鷺の髪を優しく耳にかけた。
自分の手と比べて未鷺の顔は小さくて白くて、壊れもののように扱ってしまう。

「……来るなら連絡ぐらい寄越せ」

疲れた頭に、元秋の低い声は優しかった。
撫でるように動く元秋の武骨な手も心地よい。

「電話もメールもした。お前が返事しねえだけだろうが」
「風紀委員の連絡以外は校舎ではマナーモードにしている。当然だ」
「……もうお前家電で十分なんじゃねえか?」

呆れながら元秋が言うと、未鷺はふい、と顔を反らした。

「俺に電話を寄越すのは、も、元秋ぐらいだ」

未鷺が元秋を名前呼びしたのも始めてだ。
元秋の独占欲が満たされると同時に、目の前の好きな人に性欲が沸き上がる。

誰もいないとはいえ、ここは廊下だ。
こんなところで盛ったら今度こそ罰則を食らわされる。

「未鷺」
「……なんだ」
「好きだ。キスしたい」

何度もした告白だが、今が一番本気だった。
せめてキスだけは許してほしい、と切実に思う。

一瞬目を丸くした未鷺は無言で目を伏せた。
長い睫毛が頬に影をつくる。
元秋はその無言を許可ととった。

身体を屈めて顔を近付ける。

念願の唇に食らいつきたいという気持ちを抑えて、「優しく、優しく」と元秋は自分に言い聞かせた。

お互いの鼻がつきそうな距離になり、いよいよ、という時。
未鷺が元秋の胸を押しやった。

「なんだよ」

いい加減覚悟決めろよ、と言いかけて元秋は口を閉じた。
下を向いた未鷺が、ひどく憂いを帯びた寂しげな目をしていたからだ。

「……どうした?」
「香り、が」

頼りなげな口調で小さく言うと、未鷺は壁と元秋の間をすり抜けて部屋に入って行ってしまった。

置いていかれた元秋は訳がわからない。

「なんだってんだよ……」

最後に見た悲しげな瞳だけが頭に残った。

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