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被害者Yの供述



昼休みにも風紀委員室には客が来ていた。
水浸しになっている山口野原である。

「バケツに入ってる水をかけられたんだよ!信じられないだろ?!」

興奮気味に訴えてくる野原は、頭まで水を被り、水滴をしたたらせている。
風紀委員がドアから野原のいるところまでモップをかけ始めた。

「山口、着替えはないのか。佐助、タオルを」
「はい」

小走りで佐助は棚を漁りに行った。

「今は持ってないんだ」

ふるふると頭を横に振った野原から、甘く上品な香りが漂う。
未鷺も嫌いではない香りだ。

「寮に戻ればあるだろう」
「先に未鷺に会った方がいいと思ったんだよ!犯人逮捕に協力するべきだろ!」

野原は胸を張って笑った。
いじめの効果はないようである。

「野原がこんな目に遭ったんだ。何か手を打ってほしい」

と言い出したのは野原の付き添いの爽太だ。
未鷺は冷たい視線を爽太に向けた。

「お前はD組の橋本か」
「ああ」
「お前の親衛隊が山口への制裁に動き出したという報告が来ている。自分の親衛隊を管理してからものを言え」

未鷺に指摘されて爽太はたじろぐ。
爽太の前に野原が立ちはだかった。

「俺のために喧嘩はやめろよっ!俺はこんなの気にしてないんだぜ!」
「……そのようだな」

未鷺は目眩を覚えながら答えた。
タイミングを見計らったかのように佐助がタオルとハンガーを持ってきた。

「持ってきましたよ、菖蒲先輩!立ち話もなんですし座って話したらどうっすか」

気を利かした佐助は来客用の椅子の野原が座るところにも大きなタオルを敷いていた。

「ブレザー乾かすからかしてくれますか?」
「いいぜ!お前いい奴だな」

濡れた野原のブレザーを受け取った佐助は、ハンガーにかけ、服かけに持って行った。
ワイシャツも少し濡れていたが、困る程ではない。
薄着になった野原に、爽太は顔を赤らめた。

「座れ」

未鷺と野原は向かい合って座った。
その隣にきまり悪そうな爽太が腰掛けた。

「状況を説明しろ」
「トイレから出ようとしたらいきなり水をかけられたんだ!犯人はすぐ逃げやがって!」
「犯人は知り合いか」
「ううん。見たことない奴だった」
「顔は見たのか」
「男のくせに女みたいな化粧した奴だったぜ」
「人数は」
「二人だと思う」
「学年は」
「わかんない」

淡々と未鷺は野原の言ったことを書き込んでいった。
この学校ではありきたりな特徴ばかりで、犯人は特定出来そうにない。

「もう良い。寮に戻れ」
「えっ、もういいのか?それなら一緒に食堂行こうぜ!」
「断る」
「えー、なんでだよ」

野原は頬を膨らませて未鷺を見上げた。
未鷺はちらりと佐助に目配せする。
佐助はブレザーを野原に返した。

「菖蒲先輩は忙しいんすよ。それに、早く着替えないと風邪引きますよ」
「それもそうだな。お前、名前は?」

野原の興味が佐助に移った隙に、未鷺は奥のデスクがあるスペースに向かった。
野原が受けた被害を入力しておく必要がある。

「俺っすか?樋上佐助です」
「佐助か!俺は山口野原だ!よろしくな」
「あ、はい」

差し出された手を佐助は握り返すしかなかった。

「佐助は未鷺と仲良いのか?」
「お世話になってますね」
「そうか!じゃあ今度未鷺と佐助と俺の友達みんなで食堂に行っ――」
「佐助」

野原を遮るように涼やかな未鷺の声がした。
佐助は野原の横を走り抜けて未鷺に駆けよった。

「どうしたんすか」
「パソコンが急に止まったのだが」
「はぁ、どこ押したんすか。あ、なんだ、マウスが抜けてるだけっすよ。菖蒲先輩って本当に機械苦手っすね」

そう言って佐助は優しさを詰め込んだような笑顔になる。

置いていかれた野原は、肩が触れ合う程近寄ってパソコンの画面に向かう未鷺と佐助を凝視した。
筋肉質な佐助の隣では、未鷺は余計に華奢で中性的に見える。

「野原、どうしたの?」

爽太が優しく声をかけるが、野原の視線は固まったままだ。

「帰って着替えなきゃ風邪引くよ」
「……うん」

野原には胸に燻っている気持ちをどうすれば良いのかまだわからなかった。

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