忠犬の心配
「菖蒲先輩、転入生来たの知ってます?」
風紀委員室では、佐助が作った夕食を未鷺と一緒に食べていた。
材料費は折半することにして、未鷺の食事はほとんど佐助が作っている。
「いや。報告に来ないとは生徒会の怠慢だ」
「今日来たばかりだそうっすよ。副会長と一緒に理事長室に入って来るところを見た人がいて」
「転入生がこの学園の特性を知らずにいるのは危険だ。風紀から忠告を入れよう」
「そうっすね。転入生のクラスがわかったら風紀で同じクラスの奴に頼みます」
話しながら、佐助は未鷺の雰囲気が違うような気がしてならなかった。
無表情や淡々とした話し方は同じなのだが、いつもより艶っぽいように見えてしまうのだ。
俺溜まってんのかな、と未鷺が聞いたら「下品だ」と嗜められそうなことを考える。
「菖蒲先輩、最近変わったことありました?」
「変わったこと?」
「いや、雰囲気が違うというか」
佐助に言われた未鷺は首を傾げた。
そしてひとつだけ思い出す。
「シャンプーが」
「シャンプー?」
「たまに俺には厳しいものを使っている」
未鷺は元秋に言われたことを思い出して言ったのだが、佐助には訳がわからなかった。
たまにこうして謎の発言をする未鷺は可愛いと思う。
「……そうっすか」
問い詰めて機嫌を損ねるのも御免なので、佐助は頷いた。
「あ、明日なんすけど、俺部活の話し合いがあってお昼作れないんすよ。朝作り置きしといてもいいんすけど……」
佐助は未鷺が自分で料理を火にかけて温めて食べられるのかわからなかった。
典型的な金持ちの未鷺の家ではお手伝いが全てをやってくれるらしい。
「いや、久しぶりに食堂へ行く。お前は大会があって忙しい時期なのだろう」
「すみません」
「忙しい時期までお前の世話にならなくてもいい。今度は何の部活だ」
「フライングディスク同好会です」
佐助はスポーツが大好きで風紀委員の傍らいくつもの部活を掛け持ちしている。
「フリスビーか」
「ちょっと違うんすけどね……。あの、良かったらなんすけど、来週の日曜に他校と試合があるんで見に来ませんか」
佐助としては決死の覚悟で誘っていた。
初めて誘われた未鷺は淡い色の瞳で佐助を見つめる。
「日曜か。特に予定はない。用事が入らなければ行こう」
「本当っすか?!午後一時から第二グラウンドで試合です。また詳しいことは連絡しますね」
喜んでいる佐助は尻尾を振った犬みたいだ、と未鷺は思う。
普段世話になっているのだし、このくらいで喜ぶのならいくらでも試合を見てやりたい。
「佐助、今日夜の見回り当番だったな。練習も朝早くからあるのだし、俺が代わろう」
「それは駄目っすよ!俺が自分で掛け持ちするって決めたんすから」
「いい。お前には世話になり過ぎている。こんなときぐらい代わらせろ」
未鷺は言い出したら聞かない。
佐助は色っぽさに磨きがかかった未鷺を夜に出歩かせるような真似はしたくなかったが、未鷺の強さも知っている。
「じゃあお言葉に甘えます。ありがとうございます」
「構わない」
もっと自分の魅力に自覚を持ってほしい、と佐助は苦笑する。
ここにも、未鷺に長年思いを寄せる男がいるのだから。
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