場所
その後三人は主に或人の話を聞く形で談笑していたが、安心したのか或人はソファに転がって寝息をたて始めた。
「ベッドに運んでやるべきか」
未鷺は勝手に或人の個室に入ってもいいのか気にしたが、元秋は或人を背負うと事もなげにそのドアを開いた。
物が多い割に片付いた部屋に、ギター二本とエフェクターケース、アンプやたくさんのCDが並べられていた。
「三嶋の演奏は上手いと評判だった」
個室に入るのを渋っていた割に、元秋の後をついて来た未鷺は懐かしそうに言った。
「今度聴きに行こうぜ」
抱きまくらが横たわるベッドの上に或人を下ろして元秋が誘うと、未鷺はしっかりと頷いた。
「あ」
壁につけられたコルクボードに画鋲でとめられた写真に目を留めると、未鷺の唇は自然に弧を描いた。
この前アスカに見せてもらった絵の元になった中等部生徒会就任式の写真だった。
写真の中で或人は未鷺の隣で明るい笑みを浮かべている。
「出るか」
雑な動作ながら或人に布団をかけてやった元秋が声をかけ、二人でリビングに戻る。
先程まで或人が占領していたソファに並んで腰を下ろした。
「三嶋ってあんな性格だったんだな」
もっとひねくれた奴だと思ってた、と元秋は微苦笑した。
「空と陸にはよく『弄られキャラ』と言われていた」
「だろうな」
元秋は空と陸の名前を聞いて、思い出したのかのように続ける。
「そういや三嶋って生徒会はどうすんだ?」
「三嶋の気持ち次第だろう。俺も生徒会入りを避けるために風紀委員に入ったのだし、三嶋に何か言える立場にはない」
「そうか」
未鷺も生徒会に或人が入ってくれたら風紀の仕事の効率が上がるだろうと考えはしたが、或人の希望が最優先だ。
「俺は三嶋が生徒会に入ればいいと思ってるけどな」
「なぜ」
きょとんとして尋ねると、元秋は未鷺の肩を引き寄せた。
未鷺はされるがままに元秋の腕に頭を寄せた。
「そしたら三嶋が生徒会専用の一人部屋に行くことになんだろ」
未鷺の頭を撫でながら元秋は続ける。
「お前から三嶋との間にあったことを聞いたとき、絶対三嶋を殴ってやろうと思ったんだよ」
未鷺はあらかじめ二年前に何があったかを元秋に説明していた。
未鷺は或人に暴力を振るわれたのが性的な衝動によるものだとは考えていなかったが、説明を聞いた元秋は断定していた。
それを或人自身の口から確認することになったのだが。
「三嶋があんな顔すっから殴れなかったんだけどよ」
「……それでいい」
「あんな顔した奴がまたお前襲ったりはしねえと思うけどな、それでもあいつとお前が同室なのは気にいらねえ」
未鷺を抱きしめる元秋の声は真剣そのもので。
ちりちりと伝わる嫉妬心に未鷺の胸は高鳴る。
「まあ、あいつが出てってお前一人になればこの部屋で好き放題出来るしな」
にやりと笑った元秋が腰に回してきた手をぴしゃりと叩きつつ、未鷺は小さく笑った。
「お前がさっき三嶋に言ってた『居たい場所』ってここでいいんだろ」
「……それは」
元秋の腕の中で未鷺は口を閉ざす。
自分の気持ちは手に取るようにわかるのに、今の名前のない関係性を発展させるには勇気が足りなかった。
「いつか、お前にきちんと言いたいことがある」
だからそれまで。
「ああ。もういくらでも待ってやるよ」
未鷺は笑う元秋の背中に腕を回した。
未鷺が或人の気持ちを理解出来るようになったのは、元秋に同じ気持ちを抱けたからだ。
そのこともいつか伝えようと思った。
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