或る恋の決着2
元秋は表情を変えなかった。
「でもお前はしなかったんだろ」
「菖蒲さんにはね。だけど、俺を慕ってくれてた子を菖蒲さんの身代わりにして酷いことをした。俺は最低なんだよ。学校も辞めるべきだったのに、辞められなかった」
或人は救いを求めるような気持ちで元秋を睨んだ。
「菖蒲さんを大切に思うなら俺を警戒した方がいい。それで菖蒲さんと一緒に俺を嫌ってくれたらいいんだよ」
元秋は腕組みしてため息を吐くと、未鷺の個室をちらりと見た。
「って言ってるけど、どうすんだよ、未鷺」
「え……」
がちゃ、と内側から未鷺の部屋のドアは開いた。
中からは一見してわかる程、険しい顔をした未鷺が出て来た。
これは未鷺の悲しいときの表情だと或人は気付いた。
呆然としたまま或人は未鷺を見つめる。
「三嶋」
「……はい」
「俺はお前を嫌ったことは一度もない。それに、これからも嫌いになれないと思う」
「菖蒲さん、聞いてたでしょ。俺は最低なことを――」
我に返った或人は慌てて口を開いた。
未鷺に嫌われるべきだと思うのに、嫌われていなかったことを喜ぶ自分を責めるように。
未鷺はそれを遮って、頭を下げた。
「悪かった」
「え、なんで?なんで菖蒲さんが謝るの」
「お前はきちんと気持ちを伝えてくれていたのに、いつも気付かないふりをしていた」
或人は中等部で何度も未鷺に『好き』と伝えていた。
未鷺はその度に受け流していた。
「三嶋を追い詰めたのは俺だとわかっていた。だから、中等部の卒業式ではお前に謝ろうと」
或人の頭に、過去の映像が鮮明に蘇った。
中等部の卒業式の後。
花束を抱えて、緊張の面持ちで歩いて来る未鷺。
或人の顔を見て、何か言いたげにしている。
しかし或人は話しかけられる前に他人行儀な言葉で未鷺を突き放した。
そうするのが正しいと思っていたからだ。
「あの時はお前に避けられたと思って何も言えなかった。今、もし許してくれるならまた友達になりたい」
未鷺の目を見つめていた或人の視界が滲む。
「俺の方こそっ、ごめん……!菖蒲さんは何も悪くないんだ、俺が馬鹿だった……今も馬鹿だけど」
「そうだな」
未鷺がくすっと笑ったのを感じとり、或人は堰を切ったように涙を流した。
「でも俺怖いんだよ、また菖蒲さんを傷付けるんじゃないかって。自分で自分を抑えられる自信がないんだよ」
「安心しろ」
或人の眼前にティッシュ箱を突き出して元秋がにやりと笑う。
「未鷺に手ぇ出しそうになったら俺が殴ってやるよ」
「何を言う鬼原。その時は俺が三嶋を殴る」
或人にハンカチを手渡しながら未鷺が言った。
或人は両手にテイッシュとハンカチを持ちながらぐしゃぐしゃの顔で笑う。
「なんで嬉しいんだろ俺。Mじゃないのに」
数分して、ごみ箱がテイッシュでいっぱいになった後、或人は息を整えて、すっきりとした顔で未鷺を見た。
「菖蒲さん、ひとつだけしたいことがあるんだけど、いいかな」
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