或る恋の決着
或人はどうやって寮まで戻って来たのか思い出せなかった。
慎一と間口兄弟とは友達で、未鷺は好きな人で、絶対的な存在感を持った靖幸がいて。
或人が中等部生徒会役員として過ごした一年はほぼ幸福だった。
辞めてから二年間は虚しく過ぎて行った。
高等部では未鷺と自分は付き合っているだろう、と愚かな夢を見ていた過去の自分を嘲笑してやりたくなる。
そんなことを考えながら、或人はほぼ無意識で廊下を歩いていたが、時間が遅いせいで人通りが少なく、誰かにぶつかることはなかった。
3階まで着いて、或人は見間違うはずのない強面と長身の男を発見する。
「鬼原」
「悪ぃ。ドア開けてくんねえか?」
あいつが来いっつったのに部屋にいないみたいなんだよ、と元秋はぼやく。
惚気んなよ、と凶悪な気持ちになりかけながら、或人は渋々カードキーで312号室を開けた。
部屋は真っ暗で、人の気配はなかった。
「菖蒲の個室見てくれば?」
電気をつけて中に入りながら或人が言う前に、元秋は未鷺の個室のドアを開けていた。
「いねえ」
「ふーん、夜遊びだったりして」
軽口を叩きながら或人はソファに座って携帯を開く。
親衛隊に未鷺の居場所に心当たりがないか聞くために、メールを作成し始める。
元秋の携帯が鳴ったので、或人はその作業を中断した。
「未鷺からだ。風紀委員室に用事が出来たから30分待ってろってよ」
「尻に敷かれてるね」
いつもの調子で冷やかすつもりが或人は嫌な気分になって来た。
協力したのにも関わらず、未鷺と元秋の距離が縮まるのを不快に思ってしまう。
「俺はシャワー浴びてくるから覗いちゃ嫌ーよ!」
浴び終わったらギターを弾いて寝よう、そう決めて心を落ち着かせ、或人は立ち上がった。
「三嶋、話がある」
「へ?」
今日はやたらと話をされる日だ。
或人は苦笑してソファに再度腰を下ろす。
「早く済ませてねー?俺だって多忙なんだから」
「早く済むかはお前しだいだ」
「へぇ?」
元秋の真摯な目で見られながら、未鷺はこの目が気に入ったんじゃないか、と或人は思った。
「未鷺とお前は友達だったって聞いた」
「……誰に」
「未鷺だよ」
そんな話をするくらい未鷺と元秋が打ち解けていると思うと、或人はまたちりちりと嫉妬が沸き上がるのを感じた。
「あいつはお前と友達に戻りたいと思ってるぞ」
「……そんなはずない」
「言ってたんだよ、あいつが」
或人は渇いた笑い声をあげる。
「菖蒲さんは優しいね。でも俺にはそんな資格も価値もないし。菖蒲さんに嫌われてなきゃいけないんだよ」
「あいつが戻りたいって言ってんだから後はお前の気持ちだけだろ。未鷺が好きなら仲直りぐらいしてやれよ」
「俺は菖蒲さんが好きだよ。すごく。だから俺は菖蒲さんに近付くべきじゃないし、鬼原も俺を菖蒲さんに近付かせちゃ駄目なんだ」
或人は中等部で自分がした過ちを思い返した。
「俺、二年前に菖蒲さんのこと殴って強姦しようとしたよ」
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