アドバイス
「で、俺のとこに来たの?」
爽太は自分で決められる気がせず、アスカの部屋を尋ねていた。
遊び人だが人当たりが良く、優しさもあると評判の彼なら、助言をしてくれると思ったからだ。
自分が生徒会役員になっても良いか悩んでいる、と伝えたら、アスカが発したのはトゲのある声音だった。
爽太が話している間もアスカはスケッチブックに鉛筆を走らせていて、爽太の話に興味がないように見える。
アスカが絵を描くことを爽太は初めて知った。
「あの、会計の仕事のことも聞いてみたくて……」
慌てて爽太が付け足すと、アスカは微笑みながら眉を歪めた。
「それはもっと前に聞くべきだったんじゃないのかな?生徒会投票まで後一週間でしょ。仕事を知って、今から勉強するつもり?」
「……すみません」
「別に俺に謝ってもらう必要なんかはないけどね」
爽太にとって気まずい沈黙が訪れる。
アスカの鉛筆が紙を滑る音だけがしている。
「好きな子と一緒にいたいって動機だっけ?生徒会に入りたいのは」
沈黙を破ったのはアスカで、ぼうっとしていた爽太は目を見開いた。
「え?!あ、それは……、もありますけど」
「いいよ、動機なんてそんなんで十分だよ。問題は実力があるかどうかで」
ちらり、とアスカは爽太の顔を見て笑った。
爽太は自分の顔が良いのを自覚していたが、アスカを前にすると劣等感に苛まれる。
「会計の仕事は大変ですか?」
「自慢に聞こえたら悪いんだけど、俺は会計の仕事が超得意なんだー。だからあんまり大変じゃないね」
飄々と答えるアスカに爽太は拍子抜けする。
「陸と空は文章表現が天才的だしー、慎一は気を回すのが得意で何でも合理的にこなせる。靖幸は仕事が完璧で上に立つことを良くわかってるーみたいな?転入生にかまけてても何とかやってるのは皆幼稚部から特別な訓練を受けてきたからだね」
アスカが言いたいことがわかって爽太は俯いた。
「会計が出来る慎一に頭を下げて教えてもらう覚悟があるならそうすればいいけど、それが出来ないならやめたほうがいい」
爽太が顔を上げるのを待ってアスカは笑顔で続けた。
「恥をかくだけだから」
言われた爽太はうなだれるしかなかった。
爽太にとって慎一は恋敵である。
その慎一に頭を頼み込むのは苦痛だ。
「あっ、これ君の顔」
爽太の目の前にアスカのスケッチブックが差し出された。
情けない不安げな顔をした爽太が描かれている。
「いる?」
「……結構です。ありがとうございました」
キャンバスから顔を背けるようにして爽太は礼をして、部屋を出て行った。
「ミサちゃーん、橋本君帰ったから出て来ていいよー」
爽太と話していたときにない柔らかさでアスカが声をかけると、寝室に隠れていた未鷺が顔を出す。
「橋本君がいきなり来るからびっくりしたね。また噂立てられたらたまんないよ」
アスカはふぅ、と息を吐きながらスケッチブックをめくり、未鷺が描かれたページに直した。
「意地悪言い過ぎたかな?橋本君超へこんでたみたい」
「アスカ先輩は正しいと思います」
「ミサちゃんがそう言うならいっかー」
気の抜けた笑みを浮かべ、アスカは未鷺にソファに座るよう勧めた。
「生徒会、ちゃんと決まればいいね」
「……はい」
生徒会投票は刻々と迫っていた。
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