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懐古



学園祭気分の抜け切らない平日の夜、未鷺はアスカの部屋のソファにじっと座っていた。

向かいでは椅子に座ったアスカがイーゼルにたてられたキャンパスに鉛筆を走らせている。

「俺は生き物を描くのが好きでさ、その中でも人間を描くのが好きでさ、その中でも描くのが好きなミサちゃんを描けて幸せなわけだけど」

アスカは鉛筆を握ったまま肩を回して未鷺を覗き込むように見た。

「ミサちゃん暇じゃないー?音楽かけたりテレビ観たりする?」
「絵を見ていたので暇ではありません」

未鷺とアスカはアスカが描いた草花や森にいそうな小動物の絵に囲まれていた。

「俺の絵?照れるなー」
「アスカ先輩の絵が好きです」
「マジ?ミサちゃんに好かれるとか嬉し過ぎんだけど」

アスカは前のめりになって目を輝かせた。
そこまで喜ばれると思わなかった未鷺は何となく申し訳ない気持ちになった。

「俺に芸術の素養はないのですが……」
「いいんだよ、それで。感覚的に好きになってもらえるのが嬉しいんだよー。ミサちゃんなら特にね」

アスカの口調がどこか淋しげに聞こえて、未鷺は尋ねる代わりにアスカを見つめた。

「あー、えっとね、もうすぐ生徒会も代替わりでしょ。そしたら俺も受験戦争に本格参戦しなきゃ。絵描いてられるのも今月いっぱいかな」

未鷺の視線から察したアスカが苦い顔で言う。
アスカがエスカレーター式で鳴鈴大学に行くものだと思っていた未鷺は目を丸めた。

「違う大学に行かれるんですか」
「うん、まぁ親がね。受験勉強させて俺を『お絵かき』から遠ざけさせようとしてるみたいでねー。俺はまだ養われてる立場だからね」

美大には行けないのか、などと無神経な質問は出来ずに、未鷺は相槌を打った。
未鷺の気持ちが沈んだのがわかったのか、アスカは鉛筆を置いて立ち上がった。

「そうだ。懐かしいもの見よっか」
「懐かしいもの?」

アスカは部屋に立てかけてあったスケッチブックをめくって、その中の一枚を未鷺に見せた。

「これ……」
「中等部生徒会役員の就任式の記念写真をもとに描いたんだ。家柄も容姿も歴代で1番華やかって言われてる代のね」

描かれていたのは未鷺が中等部で副会長をしていたころの生徒会メンバーだった。
中央に堂々と靖幸が立ち、その右隣に慎一と間口双子が並ぶ。
左隣には無表情で未鷺が立っている。
その未鷺の隣に、素直で明るそうな目をした少年が描かれていた。

「懐かしいです。ありがとうございます」

未鷺は心の奥で燻っていた痛みがじんわりと広がるのを感じながら、その絵をずっと見ていたいと思った。

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