傷口
元秋はハンバーガーを片手にA組のお化け喫茶へ戻った。
B組と比べると客は少ないが、それでも席は半分程埋まってる。
「鬼原お帰りー。それBクラの?うまそ」
「ああ。結構混んでた」
話しかけてきた裕二に答えてから、最後の一口を放り込む。
エプロン姿の未鷺を見られたことが一番の収穫だった。
これから元秋はクラスの当番だ。
「耳付けるから鬼原屈んで」
既に座敷童子の格好をした裕二に言われ、苦い顔で元秋は頭を下ろす。
パチンという音と髪が引っ張られる痛みで、自分の頭に犬耳がつけられたことを知る。
「後はヒゲ」
柴犬のようなヒゲを頬につけられて完成だ。
「未鷺様とかが耳付ければ超萌えそうなのに、鬼原は耳付けるだけで怪物になれるところがすごいな!」
「うるせえよ」
元秋も自分のような大柄な男が獣耳を付けることの奇妙さは理解していた。
それでウエイターの格好で給仕するのは何とも言えない気分だ。
「鬼原!」
暗い雰囲気に装飾された店内に、明るい声が響いた。
「ああ、羽藤」
「鬼原ウエイター似合ってる」
元秋に走り寄り顔を赤らめるみちるに、Aクラスの生徒は驚いた。
「僕、ミスコン出るんだけど鬼原観に来てくれる?」
「あ?ミスコン……。興味ねえな」
元秋は未鷺に出会うまでノンケだったため、男の女装を見てもどうとも思わない。
「お願い!2時から30分だけだから」
上目遣いで頼まれて、30分くらいなら良いか、と思う。
どうせ学園祭をまわる相手もいない。
元秋がそう返事しようとしたとき、
「元秋、来てやったぜ!」
と甲高い声が聞こえた。
頼んでもいないのに副会長や書記の双子、爽太を連れてやって来た野原だ。
「お前なんで耳付けてんだ?」
「当番だ」
ぷっ、と笑いながら元秋の頭上を指差してくる野原を殴りたいと思いながらも答えてやった。
「あっ、お前!」
今度は野原はみちるに指の先を向けた。
指されたみちるは気まずそうに俯く。
「彬(あきら)に付き纏ってた奴だろ!」
「……金井先生のこと、気安く名前で呼ばないでよ」
みちるは悔しげに顔を歪めて、横目で野原を睨む。
金井彬。
元秋も忘れられない化学教師だ。
「彬はお前に付き纏われて面倒だって言ってたぜ!彬がいなくなったのだってお前が何かしたからじゃないか?」
早口で言いたてる野原に、みちるは反論の余地もない。
野原の後ろでは生徒会役員達が並んで冷たい視線をみちるに向けている。
「おい」
店内で騒がれては困るのと、みちるに同情したのと両方で、元秋は止めに入ろうとした。
しかしその前に唇を噛み締めたみちるは走って出て行った。
「状況が悪くなったから逃げるなんて最低だな!」
一人憤慨する野原を慎一が宥める。
「そうだね。何か注文してから座って話そうか」
「俺ジュースがいい!」
「鬼原君、頼むよ」
王子スマイルで急かされて、元秋は舌打ちしながらオーダーを伝えに行った。
その後ろをすっかり機嫌が戻った野原がついてきていた。
「俺実は今日、変装なしでミスコンに出ることにしてるんだ!」
「お前変装やめんのか」
「変装はやめない!匠さんの言い付けだからな!今日は俺だってことは秘密で出ることにしたんだ」
舞台で脚光を浴びて外見を褒められる快感を味わいたいのだろう、と元秋は思った。
「だから元秋も観に来てくれよ!屋外ステージで2時からだからな!」
言い切った野原は満足げに慎一達のところへ戻って行った。
元秋はミスコンを観に行きたくなくなった。
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