鳥
バイクは闇の中を走った。
未鷺はアスカにしがみついていたのでどの方角に進んでいるのかわからなかった。
「ベタなことをするけどいいー?」
信号待ちでアスカは振り向いた。
「海に行こうよ」
「はい」
大声で話すアスカに合わせて、未鷺も大きく答えた。
再び走り出したバイクは未鷺を今年初めて見る海に運んだ。
「ここ穴場なんだよー」
静かな海岸。
水面に浮かぶ月に未鷺が見入っていると、アスカは石段にタオルを敷いて見せた。
「どうぞ座って」
懐中電灯を横に置いてアスカ自身は石段に直接腰掛ける。
未鷺は礼を言って座った。
アスカがモテるというのはよくわかった。
いつか自分に彼女が出来たとして、アスカのように自然な気遣いが出来るのだろうか、と考えかけてやめる。
何もかもが想像不可能だった。
「見て、鳥」
ぼうっと考える未鷺の前にアスカの手が差し出された。
親指と人差し指に鳥の横顔が描かれていて、指同士をくっつけたり離したりしている動作は、嘴を開けたり閉じたりしているように見えた。
「すごい」
未鷺が思わず呟くとアスカは目尻を下げて柔らかく笑った。
「今日美術館行ってうちに帰ったらさー、『いつまでもお絵描きばかりしてるな』って怒られてさ、画材ほとんど捨てられててね。でも、美術館帰りの俺は創作意欲で満ち溢れてたから、引き出しの隅っこにあった絵の具で手に描いたの」
未鷺が何と返して良いかわからず黙っていると、アスカの指の嘴が未鷺の頬に噛み付いた。
「これ何の鳥だと思うー?」
未鷺は自分の頬から離れたアスカの指を見下ろす。
「サギ……?」
「そうだよー正解。よくわかったね」
「静谷先輩が上手いからです」
未鷺が本心から言うと、アスカは照れたようにふざける。
「そんなに褒めてくれるならこの鳥プレゼントしちゃう」
「どうやってですか」
「俺ごとどうぞ?」
「それは結構です」
心地良い会話にいつの間にか未鷺は和んでいた。
そして、思っていたことが口から零れた。
「静谷先輩は兄のようです」
「あに?えっと、日鷹さんみたいってこと?」
「いえ、兄のような存在という意味で……」
自分は何を言ってるのだろう、と思いながら未鷺は言い直した。
「あー、兄かー、お兄ちゃんかー」
アスカは難しい顔で頭を抱えたが、すぐに未鷺に向けて笑いかけた。
「今はお兄ちゃんでいいかな。何なら俺のことをお兄ちゃんとお呼び」
「それは……」
「じゃあアスカって呼んで?」
そう言われたが、未鷺は年上を呼び捨てには出来ない。
「アスカ先輩」
「うん、ミサちゃん」
アスカは満足気に笑ってすぐ、真摯な目で未鷺を見つめた。
「ミサちゃん、キスしません?」
「しません」
「だよねー、俺お兄ちゃんだもんね」
そう言って苦笑を浮かべると、アスカは立ち上がって尻についた砂を叩き落とした。
「ミサちゃんが笑ってくれたことだし、今日のお兄ちゃんの任務は完了かな」
帰ろう、とアスカが手を差し出す。
その手を借りて立ち上がった未鷺の心は軽くなっていた。
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