煙
線香と松の木が燃える匂い。
墓石に手を合わせる弟の華奢な背中を見ながら、日鷹は眩しげに目を細めた。
それから石碑に刻まれた名前に視線を移す。
五年前の日付の下には両親の名前、昨年の日付の下には祖父の名前が刻まれていた。
五年前はこの墓石の前に立ちながら弟を守ろうと誓っていたな、と思い出して日鷹は苦笑する。
「ミサ、そろそろ帰るよ」
あの頃とはいろんなことが変わってしまった。
顔を上げた未鷺の日鷹を見る目は冷たかった。
それも仕方ないことだと思った。
日鷹は自分の書斎に呼んだ未鷺を眺めた。
冷たく凛とした立ち姿は変わりないが、纏う空気が違う気がする。
「友達の家に泊まってきたんだって?珍しいね、ミサが遊ぶなんて」
無表情だった未鷺の瞳が揺れる。
日鷹は弟を思いやる兄らしい顔で優しげに笑った。
「お兄ちゃんにも紹介してほしいなぁ。ミサが仲良くなるならいい子なんだろうね」
「兄さんはお忙しいでしょうから」
未鷺が言い返すと、日鷹は大袈裟に眉を下げた。
「そんなに警戒しなくてもその子のこといじめたりしないよ」
「わかっています」
「そうだね。ミサの友達にお兄ちゃんが口出しすることはないもんな」
それがただの友達なら、と日鷹は心の中で付け足す。
未鷺の友達だという男のことは既に調べていた。
場合によっては未鷺の前から消すことになるだろう。
「靖幸君とは学校で話しないの?」
日鷹はやっと本題を切り出した。あからさまに未鷺は眉を寄せる。
「しません。用がないので」
「そうかぁ。やっぱり靖幸君は忙しいのかな。もう竜ヶ崎グループの子会社で経営を任されてるんだってね。未鷺と同学年なのに」
「……言いたいことがあるなら早くおっしゃって下さい」
不機嫌なのを隠しもせずに未鷺が言った。
「今竜ヶ崎が計画している事業は菖蒲の領域を侵すものだ。シェア2位のところと組まれるとうちでも危ない。竜ヶ崎がうちを潰す気ならまたとない機会だ。この指揮をとるのは靖幸君と噂されている」
「……それで」
「ミサなら靖幸君とは幼なじみだし、説得できるだろう?」
日鷹は椅子から立ち上がって未鷺の髪を耳にかけるように撫で、囁くように続ける。
「『俺と組んで』って、靖幸君にお願いしておいで?」
ぱしん、と渇いた音で日鷹の手は跳ね退けられた。
部屋を出て行こうとする未鷺の背中に日鷹は問いかける。
「未鷺はお兄ちゃんに協力してくれないの?去年おじいさんが亡くなってから、お兄ちゃんは一人で頑張ってるんだよ」
未鷺は一瞬足を止めたがすぐに部屋を出て行った。
「日鷹様、あの言い方では」
横に控えていた秘書の倉本が口を出すが、日鷹はひらひらと手を振った。
「いいのいいの。真面目なミサにはだいぶ効いてるよ」
それにしても、と日鷹は椅子に座って頬杖をついた。
「ミサが色目を使えば誰だって思い通りなのに」
「……それは日鷹様もですか?」
尋ねてきた秘書に、日鷹は満面の笑みを向ける。
「その通りだよ」
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