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パーティーを抜け出して


宿泊学習のうち生徒にとって一番の楽しみは二日目の夕食の時間に行われる立食パーティーだ。

まさかスーツとか着なきゃいけないんじゃねえだろうな、と案じていた元秋だったが、生徒会が作ったらしいしおりには『普段着で』と書かれていた。
会場となるホールにはその通り様々な私服の生徒達の姿がある。
中には気合いを入れ過ぎている生徒や女装もどきをしている生徒もいるが、元秋は見ないふりをした。

「鬼原君こっちこっちー」

風紀委員で未鷺親衛隊の飛田が大きく手を振った。
飛田は背が高くガタイも良いが未鷺に虐げられたいドMなのだと昨日見回り中に会話して知った。

飛田がいる方には未鷺や他の風紀委員と補助が揃っている。

左手にグラスを持った未鷺は補助の一人の話を聞きながら静かに相槌を打っている。

「菖蒲さん細いなー」

飛田がうっとりしきったように言う。
薄手のニットに細めのデニムを履いた未鷺の華奢な体躯は目の毒である。
あちこちから未鷺の細腰に視線が向けられていると思うと居ても立ってもいられない。

「菖蒲、風紀のことで話がある」

わざと大きめの声を出して言った。
未鷺はゆっくり瞬くようにして頷く。

「ここだと言えねえんだ。場所変えていいか」
「……いいだろう」

答えた未鷺に心配そうな視線が集まる。
こんな時にとって食ったりしねえよ、と思いつつ元秋は未鷺を先導して生徒の群から逃れる。

まだ無人のテラスに出て奥にある梯子に目をつけた。

「上るか」
「何故このようなところに……」
「怖いのか?」

元秋がにやっと笑って言うと、未鷺はそれを睨んでからするすると梯子を上った。
それに元秋も続く。

夜風が未鷺の黒髪をさらさらと揺らす。

「寒くねえか」
「ああ」

お前は寒いのか、と言いたげな視線を未鷺が向けてくるので、元秋は頭を横に振って、縁に座った。

「この学校じゃパーティーなんかタキシードとか着てくる奴が多いと思ってたが意外と普通だったな」
「皆、普段は形式張ったパーティーにばかり出席している。学園の行事だけでもカジュアルに楽しく、と兄が」
「お前の兄貴?」
「……兄が提案して決まった。それが伝統になっている」

元秋は昨日見た美形の男を思い出した。
あんまりお前に似てないよな、という類のことを元秋が言うより早く、未鷺がポケットから元秋の携帯を出した。

「それより、携帯を交換した理由を教えろ」
「あー……、明日返すからな、その時話す」
「俺にきた変なメールと関係があるのか」
「まだ確かなことはわからねえんだよ、調査だ調査」

元秋が曖昧に答えると、未鷺は小さくため息をついた。

「お前のことだから俺に悪いようにはしないんだろう」

呟くように言う未鷺の横顔が淋しげに見えて、元秋は立ち上がると彼の頭を撫でた。

「お前は何も心配すんなよ」
「心配などしていない。ただ、お前に世話になるばかりなのが嫌だ」
「そんなことかよ」

頭を撫でていた手で未鷺の頬をつまんだりして遊びながら元秋は言った。
その手を引きはがして未鷺は元秋を睨む。

「俺は真面目に言ってる」
「俺だって真面目に言ってんだよ。お前が好きだからやりたいことやってるだけだ。だから早く付き合おうぜ」

何度目かの告白。
その度に未鷺は気まずそうにして「俺は男とは――」と答えるのだが、今回は押し黙っていた。

「お前だってわかってんだろ。自分が好きじゃない奴に触られて許すような性格じゃねえってな」

未鷺はちらりと元秋を見て俯く。
これは、と元秋が期待を持ち始めたとき未鷺は顔を上げ、

「あっ!」

と元秋の背後を指差した。

「何だ?」

元秋が振り返って暗闇の中目を凝らしていると、未鷺が駆け出す気配がした。
そちらに目を向けた時には既に未鷺は梯子を下りるところだった。

「はあ?!」

お前ガキかよ今時小学生でもそんな方法で逃げねえよ、と言いたいことはあるものの、未鷺は既に建物の中に入ったようだ。
古典的な方法に嵌まった自分にも脱力し、座り込む。

元秋は舌打ちして未鷺が置き忘れたらしいグラスを煽った。

グレープフルーツの苦い味がした。

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