謝罪
自分から言い出したものの、緊張しすぎて体が震える。
だって、武道で鍛え上げられた日向先輩は、首が痛くなるほど見上げなくちゃいけないくらい大きくて逞しくて。
いつも厳しい表情をしているから、やっぱり怖い。
―――でも
震える唇を噤み、コクリと息を呑んで目を瞑った。
落ち着け。
落ち着け。
二回そう唱えると、ゆっくりと瞳を開けて日向先輩の瞳を見つめた。
そして―――
「日向先輩。僕は、制裁なんてしていません」
僕の気持ちが届くかどうかなんて分かんないけど。
「雪君は、僕の大切な友達です。だから、制裁なんて絶対にしていません」
ちゃんと分かって貰う為には本当の事を言わなくちゃいけないと思う。
「……でも、嫉妬をしていたのは本当の事なんです」
こんな事、誰にも言いたくなかったけれど。醜く穢れた自分の姿をさらけ出すのは凄く怖い事だけど。
「あの方に……紫藤様に微笑みかけられる雪君が、羨ましかった……」
綺麗ごとばかりじゃないありのままの自分を知ってもらうべきだと思うから。
「雪君に影からずっと守って貰ってたって知って、お礼を言おうと思っていたのに、言葉が出てこなかったんです……あんなに感謝していたのに、ありがとうって言いたかったのに、情けない僕は、嫉妬し続ける醜い心を謝る事しか出来なかった……」
感謝の気持ちすら言えなかった最低な僕。
こんな僕だけど、でも―――。
「だけど、制裁なんてそんな事、絶対にしませんっ!」
嫉妬で穢れていた僕だけど、制裁だけは絶対にしない。
いつしか声を荒げて訴えかけていた。
「言葉は言えなくても、感謝をした心に嘘はありません! ―――それに雪君は、あの方の大切な人ですっ! その大切な雪君を、制裁しようなんて思わないっ! だって、僕が願うのはあの方の最良で……今はもう、あの方の親衛隊長じゃなくなったけれど、それでも僕は、あの方の幸せを―――」
そこまで言ったところで、日向先輩の片手が持ち上げられた。
ゆっくりと僕に向かって伸ばされる日向先輩の手。
「っ」
言葉を止め、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す僕の頬に日向先輩の節ばった指先が触れる。優しく、そっと。
何をしているのか不思議に思ったけれど、避ける事はしなかった。
その指が何かを掬うような仕草をした後、ゆっくりと離れていった。
―――何?
目を見開いたまま、その手に視線を向けてみれば―――濡れている。
そこでようやく自分が泣いている事に気が付いた。
「―――っ」
やだ、感情が高ぶり過ぎていつの間にか泣いてたんだ。
泣いてる場合じゃないのに。
ちゃんと自分の気持ちを日向先輩に伝えなきゃいけないのに。
涙を抑え込もうとギュッと目を閉じる。
すると―――
「お前の気持ちは良く分かった」
「っ―――、日向、先輩?」
突然聞こえて来た日向先輩の声。反射的にパッと見上げる。
「お前を、誤解していたようだ」
「っ」
突然の言葉に思わず息を呑む。
「すまんかった」
「―――日向、先輩」
日向先輩からの謝罪に思わず固まる。
でも、じわりじわりと少しずつ理解していく頭に。僕に向けられた謝罪の言葉と、今まで一度も向けられたことのない優しい表情に、僕の顔はふにゃりと歪んだ。
そして、日向先輩の濡れた指先を掴み握りしてると、わんわん泣き出したのだった。
「ふぇ〜、日向せんぱ〜い」
「っよ、よさんかっ!////」
なんだか慌ててる日向先輩。
だけど、涙を止める事が出来なかった。
嬉しかったんだ。
僕を分かって貰えて。
嬉しかったんだ。
僕に向けられた貴方の優しい表情が……。
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