真っ直ぐな人
視線を逸らしつつ、動作を追っていくと僕の目の前に差し出されていた書類に手を伸ばしてくるのが分かった。
―――綺麗な指。
細くて長くて少しだけ筋張っていて。
思わず見とれていたら、書類があの方の手によって攫われていった。
「出かけるついでにこの書類は、僕が持っていくよ。」
ドクンッ―――
僕に掛けられた言葉じゃないのに心臓が跳ね上がる。
「紫藤? 出かけるとは一体どこへ行くんだ。職員室へなら先ほど立花が向かったではないか」
「フフッ、職員室に用があった訳じゃないよ。……それにしても立花が職員室に行ったって分かってるならその時に託(ことづ)ければ良かったのに」
「っ――そのつもりだったのだが、渡しそびれてしまってな」
「そう。なら仕方ないね。――でも、今度からは自分で持って行って貰えると嬉しいな」
「ッ――すまん。だが、ワザと立花に渡さなかった訳では―――」
「フフッ、もちろんだよ。君は小細工なんてするような奴じゃないのは重々承知しているからね」
「疲れてるんじゃない?」とあの方は最後にそう言うと、身を翻して生徒会室から出て行った。
書類……あの方が持って行ってくれた。
もしかして、僕の事……庇ってくれたのかな―――?
なんて、そんな訳……ないか。
完全に閉まりきってしまった扉を呆然と見つめていると、
「……悪かったな」
と、小さな謝罪の声が聞こえて来た。
「っ――え」
びっくりして振り返ってみるとそこにはバツの悪そうな日向先輩が首の後ろを摩りながら佇んでいた。
「っ、自分の落ち度だというのに忙しさ故、お前に八つ当たりをしてしまったようだ」
「あ……」
日向先輩が、僕に謝ってくれてる……。
今までずっと無視され続けてきたらから、突然の日向先輩の……しかも謝罪の言葉に頭が付いて行かない。
僕のその態度を勘違いしたのか、日向先輩は、ますますバツの悪そうな表情を浮かべて。
「本当にすまなかった」
深々と頭を下げてくれたのだった。
その姿にハッと我に返った僕は慌てて日向先輩に駆け寄り頭を上げるよう懇願した。
「っそんな、日向先輩! 頭を上げてください! 雑用は僕の仕事なのに、戸惑ってしまった僕が悪いんですから」
「……いや、あれは俺のミスだったのだから紫藤が言った通り、俺自身、持っていくのが筋だったのだ」
「っ――でも、日向先輩はお忙しいから」
「忙しいさは言い訳にはならん。それに、お前とて暇ではなかったのだ。重々承知していたつもりが失念しておったようだ」
「っ――でも」
「俺が己の非を認めているのだ。お前も潔(いさぎよ)くそれを受け入れてはどうか」
はっきりとそう言い切った日向先輩に目を丸くする。
日向先輩……なんて一本気な人なんだろう。
自分に非があると思ったが最後、それを認めて真っ直ぐな心で謝罪する。
潔いのは日向先輩の方だよ。
僕、この人の事、誤解してたかもしれない。
嫌われてるって事だけに意識が向いてて怖い人としてしか見ていなかったかも。
この人は、清廉潔白なんだ。きっと……。
だからこそ、強姦を指示したという僕の事が嫌いだったんだ。
でも、その僕に対しても、あっさりと自分の非を認めて頭を下げてくれる。
自分に真っ直ぐで嘘偽りのない、そんな人だったんだ。
―――僕、この人に誤解されたままでなんかいたくない。
改めてそう思った。
生徒会補佐を一生懸命する事で、認めて貰えたら……なんて思っていたけれど、でも、この人にはちゃんと自分の言葉で伝えたい。
誤解をしてたのは、僕も同じなんだから。
「日向先輩。お話があります」
伝わるかどうかなんて分からない。
だけど、何もせずに誤解されたままなんて嫌だ。
真っ直ぐな日向先輩に真っ直ぐな思いを……。
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