疑心
大丈夫。有り得ない。
大丈夫、大丈夫・・・。
自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返した。
何が大丈夫で何が有り得ないのか・・・。
深く考えるのが恐くて心が、脳が、拒絶している・・・。
なのに、落ち着く何かが欲しくて虚しいくらいに何度も大丈夫だと自分に言い聞かせた。
どれくらいそうしていたんだろう・・・。
宇野が気遣わしげに声を掛けてくる。
『・・・今、奥様は体調を崩されて別荘の方にいらっしゃいます。』
『・・・・・』
『病弱な奥様には、こちらの本宅よりも気候の良い別荘の方が体にも良いだろうと旦那様が手配されたんです。』
父さんが・・・?
『・・・・・』
『優しい、お父様ですね?』
何が・・・?
『・・・邪魔だっただけじゃないの?』(ボソッ)
自分でも気づかない間に、一瞬よぎった考えが小さな呟きとなって口から漏れ出た・・・。
幸い宇野には聞こえていなかったようだけど、その言葉に、ゾッとした。
自分の口から無意識の内に漏れ出した言葉が、余りにも確信を得ているような気がしたから・・・。
恐くて必死で自分に言い聞かせる。
大丈夫・・・。そんなはず無い。
だって、母さんはあんなに優しく笑っていたじゃないか。
幸せだから笑ってたんだよね?
・・・青白い顔をしながら・・・?
そ、そうだよ。父さんは運命の相手なんだもん。母さんがいつもそう言ってたじゃないか。
・・・他の女の人を家に招きいれてても・・・?
四葉のクローバーを交換して〜
・・・結婚するって言ってた・・・
このクローバーこそが互いの気持ちそのものなんだって。
・・・母さんを別荘に住まわせて、父さんはあの綾原って人と何をするつもりだったの・・・?
打ち消しても打ち消しても次から次へと湧き出る疑惑にとうとう僕は唇をかみ締めた。
やだ・・・やだやだやだやだ・・・・
幾ら打ち消しても恐い考えが頭の中を駆け巡る。
恐い、恐い・・・。
母さん・・・母さん・・・。
すると突然、僕の目元にハンカチが押し当てられた。
え・・・?
ビックリして顔を上げてみると、それは宇野で気遣わしげな表情を僕を見つめていた。
どうやら、いつも間にか僕は泣いていたらしい・・・。
瞼を閉じると、ハラハラと幾つもの涙が雫になって落ちていく。
『大丈夫ですよ・・・。』
宇野の優しい声が、耳を擽る。
『大丈夫ですから・・・。』
『うん。うん・・・うん』
大丈夫・・・。そうだよ、大丈夫だ。
何度も頷き、何度も言い聞かせるけれど、宇野の言葉も、自分の言葉も、僕の心の奥に根付いた小さな疑心は取り除く事が出来なかった・・・。
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