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母の不在




*******



だから早く母さんに会いたい。


どこ?


どこに居るの?母さん・・・。


母さんの部屋かと思い、ドアを開けてみたけれど居なくて、家中を探し回った。


探す途中、家の者に聞いても、皆一様に困った顔をするばかりで何も言ってはくれなかったんだ。


不安に駆られた僕は、更に探した。


けれど、何処にもいなくて・・・それでもどうしても諦められなかった僕は、最初に見た母の部屋をもう一度見てみようと、祈るような気持ちでそっとドアを開けて覗いたんだ。


そこには、母の姿は何処にもなく、代わりに母の部屋に見知らぬ女性が立っていた・・・。


誰?この人は・・・。


凄く綺麗だけど、どうしてだろう・・・。


何だか、胸がザワザワする・・・。


これが、初めてその女を見た時の印象だった。


『さあ、もう宜しいでしょう?早くお出になってくださいまし。』


『もう少しいいじゃない。どうせこの部屋の持ち主は居ないんだし。』


『ですが・・・。』


そっと開けたドアの隙間から覗く様に二人の会話を見つめた。


部屋の中には、見知らぬ女の他に僕の身の回りの世話をしてくれている宇野という年配の女が一緒にいた。


宇野は、僕の入院先で母の後を引き継ぐ形で僕の世話をしてくれていた人だ。


良く、気が回っていつも頼りにしていた人なのに、なんで・・・。


僕は、困惑しながらも黙って二人の動向を見つめ続けた。


どうして、母さんの部屋に居るの?


宇野も一緒に居るのに、どうして母さんの部屋に知らない人を入れてるの?


母さんは居ないのに・・・なんで・・・。


少しあけたドアの隙間からは呆然と立ち尽くして女を見ていると、


『あら?退院おめでとう。初めまして。貴方が美怜くんね?』


向こうが僕に気づいて声を掛けてきた。


突然の事に驚いたけれど、覗き見みしていた事をバレたくなかった僕は、今ちょうどドアを開いたかのように、勢い良ドアを押し開けた。


『え?あ、はい・・・。えっと、貴方は?』


『綾原梨乃よ。よろしくね?』


『はぁ・・・?』


『ふふっ、ちなみに、もうすぐ貴方の母親になる予定よ?』


『綾原様っ!!』


僕の身の回りの世話をしてくれている宇野という年配の女性が綾原と名乗る女を窘(たしな)めている。


『あら?だって本当の事じゃない。そうなるのも時間の問題だと思うけど?』


『え?・・・それはどういう・・・』


『何でもありませんよ。そんな事よりお疲れでしょう?早く部屋に戻って、パジャマに着替えてお休みくださいませ。』


宇野の言葉によって話を遮られた僕は、ムッとして宇野に言い返した。


『病人扱いしないでよ!僕はもう、退院したんだ!』


『退院したからといって完治した訳ではありません。自宅療養するように先生もおっしゃっていたでしょう?それとも、また病室に戻りたいのですか?』


『・・・っ・・・』


確かに宇野の言ってる事は正論だ。


悔しくて、うな垂れながらもどうしても母さんの居場所を知りたかった僕は、


『わかったよ。ちゃんと寝る・・・。だから教えて?母さんは何処にいるの?』


懇願する様に宇野に聞いた。


すると宇野は、困った顔をしてから、


『後で、旦那様が教えてくださいます。ですから、今はお休みになってください。』


静かにそう言った。


その言葉に、僕は黙って頷くことしか出来なかったんだ・・・。






宇野に言われたとおり、パジャマに着替えてベッドに入ったけれど、全然眠れない・・・。


不安が、胸に押し寄せてくる。


あれからどれだけの時間が経ったんだろう・・・。


ううん。入院してる間に母さんが居なくなったんだ。


その期間も考えると、相当な時間母が居ない事になる。


家に帰れば会えると思ってた・・・。


きっと笑顔で『お帰り、美怜。』って声を掛けてくれると信じてた・・・。


だからこそ辛い治療にも耐えたんだ。


24時間休まず幾つもの点滴の管を通され、血管はボロボロ。


至る所にしこりが出来て青や黄色に腕が変色していようが、顔がパンパンに腫れあがろうが、それでも頑張ってこれたのは、母さんに早く会いたかったから・・・。


唇をかみ締めて寝返りを打つ。


横向きに寝た僕の腕には幾つもの治療の痕跡が生々しく残っている。


『母さん・・・。』


優しい笑顔を浮かべる母さんの姿が瞼に映る。


『母さん・・・。』


暖かい母さんの手の温もりが蘇る。


『・・・っく・・・母さん・・・。』


綾原という女の顔が瞼に映る。


『・・・ふぅっく・・・母さん・・・母さん・・・。』


【ふふっ、ちなみに、もうすぐ貴方の母親になる予定よ?】


『恐いよ・・・。母さん・・・。』


言い知れぬ不安が僕に襲い掛かる・・・。




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あきゅろす。
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