優しい手
僕も両親と同じように、あのクローバー畑の別荘で運命的な出会いをした事が純粋に嬉しかったのはいつの事だったか・・・。
幸せだったあの頃・・・。
虚ろな記憶しか持たない僕だけど、それだけは確かだった・・・。
だけど・・・
その幸せだった日々が、突然音もなく崩れ去った。
それは、病弱だった僕の長い入院生活が終わり、家に帰って来てから始まったんだ。
入院先の病院に泊り込みで看病してくれていた母が突然いなくなったのがずっと気になっていた僕は、家に着くや否や家中を探し回った。
入院している間は、熱が高くて虚ろにしか覚えていないけれど、何本もの管を通された僕の腕を優しい手が握ってくれていた。
安心感に包まれて、そっと目を開けてみるといつも優しい笑顔を浮かべた母が僕を見つめてくれていたんだ。
それなのに、突然母は居なくなってしまった・・・。
あの優しい母が僕を放って居なくなってしまうはずが無い。
とすると、考えられる事はひとつ。
きっと、体調を崩してしまったんだろう・・・。
笑顔を絶やさず僕を見つめ続けてくれていた母の顔色は、今まで見てきた以上に青白いものだったから・・・。
ずっと無理して看病してくれていたんだよね?
今度は、僕が母さんを看病するから。
だから、早く直るように不味い病院食も残さず食べた。
入院生活とは全てが受身なんだ。医者が施す治療を、ただ、じっと受けることしか出来ない。
もちろんそれは痛みを伴い辛いものではあったんだけど、僕は大人しく全ての治療を受け入れた。
自分でも早く治る様に何かをしたい・・・。
そう思って気だけは焦るけれど、僕に出来る事と言えば、良く眠り、良く食べる事それだけなんだ。
けど、そんな地味な事でも功を奏したのか、医者も驚くほどの回復振りを見せたんだ。
早く元気になって、その姿を母さんに見せてあげたい。
そして、母さんを看病してあげたい。
その一心で・・・。
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