心の準備
急ぎ足で、生徒会室のドアを通りすぎたけど、やっぱりドアが開く気配は全くなかった。
通り過ぎてみると、開かないと分かっていながらも、少しドキドキしていたのがよくわかる。
ホッと胸を撫で下ろし、廊下を歩いていると、前方から人が歩いてくるのが足音で分かった。
ふと興味を引かれ、歩いてきた人物を見た瞬間、目を見開いた。
「あ・・・あぁ・・・。」
まさか、そんな・・・。
「優希っ!」
彼は、僕の驚愕など気付かずに、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってきた。
「・・・雪・・・くん・・・。」
両手で口元を覆い、小刻みに震えた。
どうして・・・なんで、雪くんが、ここに・・・?
瞬きもせず、唯々、彼を真っ直ぐに見つめ続けた。
運動神経のいい彼が、僕の目の前に駆け寄ってくるのなんて一瞬で、彼は嬉しそうに笑いながら肩で息をしていた。
「良かった・・・。優希の事、探してたんだ。まさか、こんなトコで会えるなんてな。」
「・・・・・」
何か喋らなきゃ・・・。
そうは思っているんだけれど、何も言葉が出てこない。
だって、まだ、心の準備が・・・。
「あ〜、へんな事聞くんだけどさ。・・・最近変わった事、ないか?」
雪くんは頭を掻きながら、言いにくそうに質問してきた。
だけど、全く僕の頭の中に、言葉が入ってこない。
喋るたびに動く、その唇に意識が向かっていたから・・・。
蘇る、あの場面・・・。
本人を目の前にすると、更にリアルに思い出された。
「優希・・・?」
ハッ
雪くんの訝しげな声に、やっと意識が戻った。
「・・・なぁ、変わった事、ないか?」
気遣わしげなその言葉に、彼が言っている事がやっと理解できた。
噂の事・・・言ってるんだ・・・。
立って居られなくなった僕は、両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。
「えっ?優希?どうしたの?」
雪くんもしゃがみ込んで、僕の肩に手を置いて心配そうに声を掛けてきてくれた。
そうだった・・・。
雪くんは、僕の為に呼び出しに応じて、強姦までされそうになったんだ・・・。
僕の無実を晴らすために・・・。
その上、退学するとまで言って、日向先輩による詰問を阻止してくれたんだ・・・。
僕の為に・・・。
今も、こんなに心配してくれて・・・。
ありがとうって言いたかったんだ・・・。
何も知らなかった僕を、影からずっと守っていてくれて。
ありがとうって、あの時、言いたかったんだ・・・。
なのに・・・。
なのに、今の僕の心は・・・。
「うぅっ・・・うっぅぅぅ・・・」
「っ!?優希?・・・どうした?」
こんなにも心配してくれてるのに・・・。
「うぅっぅぅ・・・ううっぅぅ・・・」
僕の心は・・・。
「優希?どうしたの!?やっぱり、なんかあったのか!?」
「うぅっっく・・・うぅっ・・・ごめんね?・・・」
ありがとうって言いたかったんだ。
「優希?なんで謝ってんの?」
「ううぅ・・・ごめん・・・っく・・ごめんなさい・・・。」
本当に、ありがとうって言いたかったんだ・・・。
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