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†ロイエド*奥の間†
『秘密な花園?』@




ある日突然、恋人の態度が変わったら?




* * * * * * * * * * * * * * *




「よ、寄るなよ!」
「鋼の……?」

じり、とお互いに距離を測るようにけん制し合うエドワードとマスタングに、扉を開けたホークアイが思わず瞬きをした。

「どうされたんですか…?」
「中尉!助けてッ」
「は、鋼の!?」
「大佐……」
「い、いや、これは……!」

マスタングはエドワードとの距離を気にしながらもぴた、とホークアイに手を向け、自分は何もしていない事を訴える。
どう見たってこの状態は自分がエドワードを追い詰めているようにしか見えない。

「中尉〜!」
「エド……ッ」

エドワードが普段には絶対出さないような情けない声を出してダッとホークアイに向かって走り出し、慌てたマスタングの制止する腕をすり抜けた。
どん、とホークアイの胸に飛び込んだエドワードは、ぐり、と顔だけマスタングに向け、言い放つ。

「一週間!」
「は…?」
「近寄んな!」
「な……!」

ホークアイは抱き付いてきたエドワードにちょっと違和感を感じて首を傾げたが、エドワードの切羽詰まった雰囲気に表情を緩めてエドワードの髪を撫でた。

「中尉ぃ…」
「大丈夫よ、エドワード君。向こうでお話しましょう?」
「う、うん」
「では、大佐…お願いした書類、一時間後に受け取りに参りますので」
「エドッ中尉…!」

ああ、とマスタングが伸ばす手の先でパッタン、と扉が閉められてしまった。

「エドワード……」

立ち尽くしたままマスタングが呆然と扉を見つめる。
ホークアイに抱き付いた時のエドワードは半分泣きそうな顔で、何だかマスタングは気持ちがおさまらない。

何かしたわけではなかった。
ただ執務室でお茶を飲んでいただけなのに、いきなりエドワードがびく、と飛び上がった。
何事かと席を立って側に寄り、肩に手を置いた瞬間猫がぶわっと毛を逆立てるようにエドワードが飛び退き、触るな、と言われた。
で、そのまま何故だ、触るな、の繰り返しで部屋中を逃げ回るエドワードを追いかけ回すことになってしまった。

「何が起きたというんだ……」

片手を口元に当て、マスタングは、むむ、と真顔で考え込んだ。






「………そうそれはたいへんな事になったわね…」
「ぅん…。だから大佐には教えない方がいんじゃないかと思うんだよな」

エドワードは自分とホークアイしかいない食事時の過ぎた食堂の端で、両肘をテーブルに乗せて頬杖をついた。
眉も口元も曲げて足をジタバタとさせているのが今の状況に対しての苛立ちを如実に表わしていた。

「でも、大佐と……住んでるんでしょう?今は。どうするの?私のアパートで良ければ一週間くらい居ても大丈夫よ?」
「う、う〜ん……。それだよなぁ…」

はぁ、とエドワードが天を仰いで顔を撫で回す。
触るな寄るなと言ったって、外なら回りの目があるからマスタングもまだ手を出さないだろうが、家で二人きり、それであのエドワードの言うところの万年発情期な彼が黙って言う事を聞くわけもないだろう。

「でも何にも言わずに帰らなかったら怒るだろうし心配するかもだし、中尉の家に居た、なんて知ったらどううまくかわしたらいいのかわかんないし」
「そぅ…ね」

ため息をつくホークアイもそういった言い訳を考えるのは得意ではなかった。
普段マスタングに対して有無を言わせぬ脅しができるのは後ろめたさがないからこそで、今回は二人の仲を悪化させずにまとめるなんて、…色恋沙汰は少々苦手な分野だ。

「でも色々教えて欲しいんだよね。分かんない事ばっかで困ってんだ、一週間とかってけっこう長いじゃん?」
「えぇ。私にわかることなら」

にっこりとうなずくホークアイに、エドワードは心底ほっとした声を出してテーブルに突っ伏した。

「中尉、ありがと」
「いいのよ。エドワード君が大佐と一緒に出勤してくれるおかげで遅刻もなくなったし」
「はは…」

そんなに前は定時に出勤していなかったのかあのヤロ…、とエドワードはホークアイに苦笑いを向けながら拳を握り締めた。






「エドワード……」
「寄んな」
「だから…理由を」
「とにかく寄るな」
「エドワード」
「ぎゃ!」

マスタングはおあずけをくらう犬のようにうずうずとして悲しそうな顔で見るも叶わず、たまらずにエドワードの腕を掴み、エドワードが悲鳴を上げて思い切りそれを振り払った。

「――――!エド…ッ」

よほどショックだったらしいマスタングががっくりと膝を折ってソファに手をついた。

エドワードはちくちくと痛む良心に胸に手を当てて困った顔でうなった。
やはり、家には帰る事にはしたものの、問題は的中した。

「わ、私に触れられるのが嫌なのか?嫌いにでもなったのか?」
「ち、ちげーよ。だからそんな顔すんなってば!…もぉ。とりあえず一週間、我慢しろって」
「む、り、だっ」

ガバッと立ち上がったマスタングがエドワードの後ろに回り込んで抱きすくめようと腕を広げる。
エドワードが縮み上がって大慌てにソファから飛び下りた。

「止めろっつんだよ!」
「――――?」

マスタングは掴んだ瞬間にまた振り払われたエドワードの手に何か違和感を感じる。
先ほど触れた腕も服の上からとしても、普段より……柔らかかったような、気がしなくもない。

「エドワード……太った、か……?」
「はあ?」

エドワードが両腕で自分の身体を守るように抱き締めてマスタングを睨んだ。
何でそうなるのか、意味がわからない。

「何だか、ふっくらしたような……」

マジマジとエドワードの顔を見てマスタングはうなずく。
元々丸みのある顔だが、それはまだ成長期の男の子だからなのだが、それよりももっと、こう…。

「ふざけんな!とにかく、一週間は俺に近寄るな!触るな!寝てる間に何かしたら……ほんっとに嫌いになってやる!」
「な……!!」

ぐぐ、と赤い顔で睨み付けるエドワードは本気さが満面に表われていてマスタングも言葉を失った。

「風呂も!一緒に入らないからな!」
「さ、触らなくてもか!?」
「そ!!じゃ、俺寝るから……っ。大佐一週間ソファな」
「ええ!?」

そこまでされるほど自分が何かしたのか。
マスタングは様々な言葉が頭を駆け巡るが一言も出てこないほどパニックに陥った。

「おやすみ!」
「エドワード!おやすみのキスは!?エド!」
「〜〜〜〜〜〜」

まだ言うか。
エドワードは困り果てて寝室のドアノブを掴んでうつむいた。

自分だって、一週間もマスタングに触れないでいるのは、もしかしたら、ほんとにもしかしたら、だけど、イライラしてしまうかもしれない。

くる、とマスタングに振り向くと、何とも情けない、とても全国民の女子をとりこにしているとは思えないくらいに必死なマスタングに出くわしてしまう。

それはやっぱり、可愛い…というか、こちらへの愛情が表われているような気がしてエドワードもちょっと無下に出来なくなる。

いや、でもキスなんかさせたら調子ん乗って押し倒してくんだろ、あれ。

それも否定出来ない。

「エドワード、おでこか頬でかまわないから…」
「ん、んん〜…」

エドワードはぐりぐりとドアノブを回しながらうなった。

「じゃ、じゃあ…おやすみのキス……だけ」
「エド!」
「――――ッひっ」

もじもじと承諾したエドワードに、マスタングが一直線に走り寄って来る事にエドワードが慌ててドアを開けて寝室に飛び込む。

ドアをいったん閉めて錬成陣で結界を作り恐る恐る顔を出す。

「エドワード……」
「ぅん…」

上目遣いにこちらを見上げるエドワードに、マスタングは一瞬どき、としと目を見張った。
何だか普段より愛らしい雰囲気を醸しているように感じるのはあまりに避けられる事の反動なのか。

「じゃあ…ちょっと、だけだからな?」
「う…、ああ」

ほら、とエドワードは顔を上げる。
マスタングも改めて、なんて感じに緊張してドアに手をついてゆっくり身体をかがめる。

「……ん…」
「……」

ちゅ、と唇に軽く触れるだけでマスタングが離れる。

「お、おやすみ…」
「う、うむ…おやすみ」

お互い恥ずかしいような気分でぎこちなく言葉をかわし、エドワードがぱた、と扉を閉じた。

「………」

ちょっとだけ、何だか初めての時を思い出すような感じがしてその余韻にマスタングが浸っていると、ガチャ、と扉が開いた。
もしかしてエドワードもそんな気分になって考え直してくれたのか、とマスタングがパッと明るい表情を向けると、エドワードはそれに対して怪訝な顔を返し振り上げたマスタングの枕をぼふ、と投げて寄越した。

「……枕」
「ああ、あと毛布!」

どん、とマスタングの腕に毛布を乗せ、エドワードは再びドアを閉めてしまった。

「…………本気なのか」

マスタングはしばらくその場から動けなくなった。



エドワードが扉の前にまたひとつ仕掛けを準備して座り込んだ。

「ああ、もぉ…めんどくせーもん、関わっちまったな〜」

ぷう、と頬を膨らませて扉を見る。
向こうではマスタングがショックを受けて落ち込みながらソファで丸くなっているに違いない。

「一週間……」

エドワードも改めて考えると長い、と感じた。
あの時は別に大丈夫だと思ったのだけど。

よいしょ、と声を出して立ち上がり、寝間着に着替え始める。今日はより大きめなシャツを頭から被る。
と、急にノックが響いてエドワードはびく、と固まった。

「エドワード、私の着替えを。取りに入っても構わないかね?」
「だ、駄目……ッ」

エドワードがシャツから顔を出し、慌ててハーフパンツをお腹まで引き上げて扉へ走り寄る。
同時にマスタングがガチャリとドアノブを回してしまった。

「大佐……ッ」

ガゴ…ッ

「―――――!!??」

エドワードの手が一歩及ばず、仕掛けられた錬成陣がパァッと発動した。

「うわ!!!」
「大……!!」

ぐごごごご…とマスタングの足元を遮って天井まで馬鹿でかいエドワードの顔が現われ、どーんとマスタングを部屋の外へ弾き飛ばした。

「――――痛った…ッ」

ごろん、と一回転しそうな勢いで廊下に転がり出たマスタングが頭を打って倒れ込む。

「ッあ〜もぉ…。俺が入っても良いってゆう前に入ってくっからだろう?」

エドワードはため息をついてバン、とその怒り顔の木槌を沈め、戸口にもたれた。

「き、君は心配もしてくれないのかね…」

頭を押さえながらマスタングが涙目で訴える。
エドワードはちょっと口を尖らせて不法侵入者を睨んだ。

「あんだけ言ったらふつーさ、良いよ、つー前に入らないだろうが。……今のは大佐が悪い」

言いながらもエドワードは内心思い切り後ろめたさに顔を引きつらせる。そこまでするつもりはなかったからだ。

「…夜中に変なコトしようとしたら発動する予定だったんだからな!」
「夜這いなどかけん!」
「信用できな、いーっ」

言葉と同時に思い切り口を横に引いて威嚇すると、マスタングを残してそのまま扉をバタンと閉じてしまった。

「………何があったというんだ……」

エドワードの態度は尋常ではない。
どう考えてもおかしい。

しかし、確かめる手立てが今は思い浮かばないマスタングは、仕方なく打ち付けた頭を擦りながら扉を見つめた。






「………」

音を立てずにエドワードが扉を開けほんの数センチの隙間から廊下の様子をうかがう。

「あ……」

エドワードは壁にもたれたまま眠ってしまったらしいマスタングを見つけ、きゅ、と切なくなった。

自分の態度に驚いて憤慨して、でも心配でその場から立ちされなかったのかもしれない。そう思うとエドワードはチクチクした良心がじわじわと罪悪感に変わる。

「……だって」

自分に言い訳をしながら扉をぎゅう、と掴む。
もぞもぞと足の先を落ち着かない様子で動かしてエドワードは座り込んだ。

「風邪、ひくっつんだよ……」

手を出したものかどうか悩み文句をたれてもマスタングが起きる様子はない。

「〜〜〜〜〜!この…っヘタレが…っ」

イラッとしてエドワードが扉を押し開け、放り出されたままの毛布を引っ掴んで頭の上まで持ち上げた。

「…………」

見下ろす先には腕を組んで眉根を寄せたマスタングの寝顔。

「………」

やっぱり、ちょっと可哀相だったかな、と反省してみるが、エドワードにとってはだからってこのまま添い寝なんて出来ない。

絶対。

「無理…」

エドワードは、ひく、と口を引きつらせる。

静かに毛布をかけてやり、エドワードは寝室へと戻る。

「ごめんな……」

ちら、と肩越しにマスタングを見て、エドワードは呟いて扉を閉めた。


「…………」

マスタングは扉が閉まってしばらくして片目を開けた。

ふう、と息を吐き、エドワードが掛けてくれた毛布にくるまった。

「…仕方ないな」

眉をハチの字にしてマスタングはくす、と笑った。
理由はわからないがとりあえず嫌われたわけではないらしい。それさえ変わらないのであれば、大丈夫。

「おやすみ…エドワード」

微かに香るエドワードの香に頬を寄せ、マスタングは眠りについた。




* * * * * * * * * * * * * * *


それから、5日。


その間、マスタングはどうにか耐えていた。
一応エドワードがおはようとおやすみのキスは許してくれたからだ。
普段よりよほど素直にさせてくれる……かなりびくびくしている様子も、最初は腫れ物を触るようだったが、ある意味とても新鮮で理由はどうあれマスタングは楽しくも感じた。

「…リップクリームでもぬっているのか?」
「なんで」

朝の挨拶の後、マスタングが自分の唇を指で擦りながらエドワードの顔をしみじみと見た。
エドワードは慌てて後退りながらぐい、と口元を拭う。

「柔らかい……気がするんだが、前よりも」
「は、ぁ?ば、ばっかじゃねーの?知らねぇよ!!」

ふん、とそっぽを向いてエドワードは荷物を手にさっさと玄関へ向かう。

「うーん……」
「おら!早く行くぜ!時間!!」
「ん、ん〜…」

エドワードは定時にマスタングを職場に届ける事に使命感を燃やしている。
中尉に迷惑なんか掛けたら鉄鎚を食らわしてやるのだ。

「うーん…」
「はーやーくー!」

エドワードに引きずられながらマスタングは眉をねじ曲げた。

何か、近い感触を知っていると思うのに、わからない。
マスタングは、もどかしそうに一生懸命に自分の手を引っ張って歩くエドワードを見ながら考えていた。

「マシュマロ……?」

それくらいしか思い浮かばず、マスタングは苦笑いしながらエドワードについて歩いた。



「中尉、これ頼まれてた資料」
「ありがとう、エドワード君。早かったのね。大変だったでしょう?まとめるの」

ホークアイは関心したように資料の中をペラペラ捲って見ながらにっこりと微笑んだ。
エドワードの仕事は早い。そして正確だ。

エドワードは嬉しそうにホークアイを見上げる。

「誰かさんの邪魔が入らねぇからなぁ」
「あら、そう」

聞こえよがしのそれにバキ、とマスタングの万年筆の先が折れた。
確かに、エドワードに触れないという事は必然的にエドワードの仕事は倍速で進んでいく。

くす、と笑ってホークアイはエドワードに小さな巾着袋を渡す。

「それ、あげるわね。使えると思うから」
「マジ!?ありがとう中尉。助かる〜」

マスタングは不満そうに二人の様子を眺め頬杖をつく。

あの二人はあんなに仲が良かったか。
いや、元々エドワードはホークアイを姉のように慕っていたとは思うが、あの懐きようは何だ。
考えてみればエドワードが触るなと騒ぎ出したあの時、エドワードは思い切りホークアイに抱き付いていた。
それがそもそもおかしい。
いくら歳が離れているとはいえ、いやだからこそ大人の女性の胸に飛び込むなど、とてもエドワードが正気でやったとは思えない。

マスタングは顔をしかめてギシ、と音を立ててソファに沈む。

「ああ、そうだ…」

組んだ膝に両手を乗せ、マスタングが二人の会話に割り込んだ。

「トイレットペーパーを買っておいてくれないか?エドワード」

パッとエドワードの表情が変わる。
わざわざホークアイの前で名前を呼ぶという事は、拗ねている証拠だ。所有権を主張したいのだ。

「いいけど…」
「減りが早くないか?最き……」

身体を起こそうとしたマスタングに、エドワードが思い切りのスイングで巾着袋を投げ付ける。

「な!何だね!?」
「うるっせ!!死ね馬鹿!!!」
「お、おい……っ」

何が起きたのかわからずマスタングはズンズンと扉に向かうエドワードに呆然とした。

何だ?

何か悪い事を言ったのか?

ぐる、とエドワードが振り返り、悔しそうな、切なそうな瞳で睨む。

「エド……?」
「……知るか!変態!」
「!?」

バン、と扉を叩き開けてエドワードが出て行く。
ホークアイはため息をつきながら呆然と立ち尽くすマスタングの机に転がった巾着袋を拾いあげた。

「中尉…私は何か、彼の機嫌を損ねるような事を言ったのか?」
「……いえ、そうではないと思いますが…」

言い切らないところを見るとやはりまずいところはあったらしい。

マスタングはホークアイをうかがいながらさてどうやってエドワードを追いかけたら良いのか思案する。
彼女が重たそうに持っている書類は本日中のものに違いない。
ちなみにこの後に控えている軍議は一時間後だ。

「…………ちゅ…」

どう考えても無理な話を彼女が聞き入れてくれるはずがない。
甚だしいほど、私用だ。

「……軍議は一時間後ですので」

ホークアイが手に持っていた巾着袋をマスタングに差し出し、マスタングは目を見開いた。

「書類は明日の朝まででしたら…どうにか」
「中尉…」

中身は何だかわからないがマスタングは大切そうにそれを受け取った。
ホークアイは呆れたようにため息をついてどうぞ、とマスタングを促す。

「申し訳ない…」
「今回だけです。非常時ですので」
「非常時……?」

どんどんと背中を押されてマスタングは部屋から追い出されて行く。

非常時。

マスタングとエドワードの痴話喧嘩など日常茶飯事で、普段なら家に帰ってからにして下さい、と一喝なのだが、ホークアイが許可を出すのだから本当に非常時なのかもしれない。

「一時間ですよ」
「は、はい」

念を押されながらもマスタングはバタバタとエドワードを追って執務室から走り出て行った。

「本当に…デリカシーがないったら…」

ふう、とため息をついてホークアイは扉を閉めた。






「エ……鋼の!」
「!」

マスタングがエドワードの名前をぐぐ、と飲み込んで大声で二つ名を呼んだ。
もう自分のコンパスの限界以上、半ば跳ぶように大股で歩いていたエドワードが振り返って正しく飛び上がった。

「な、な、な、んで来んだよ!!」
「待ちたまえ!」
「来んな!!」
「鋼の!止まりなさい!!」
「誰がッ」

廊下の人の流れが大きく割れるほどのやり取りを見せながら追いかけっこが始まった。
マスタングが物凄い勢いで、しかし早歩きのまま着々と追い上げて来るが、エドワードは走り出すのがしゃくで仕方ないからこちらも必死であくまで早歩きのまま逃げる。

「……まったく…っっ。待ちなさい!鋼の!」
「来んなっつってんだよ!変態!!」
「上官に向かって変態とは何だ!変態とは!!」
「変態無能ムッツリエロじじぃ!!」
「〜〜〜〜〜〜ッ」

エドワードが思い付くまま叫ぶものだからマスタングはいたたまれなくなる。
何が楽しくてこんな追いかけっこをしないといけないか。

マスタングはふん、と鼻から息を吐いてぐ、と床を踏み締めると、三つ編みをぶんぶん揺らして逃げて行くエドワードに的を絞った。
時間は一時間しかないのだ。このまま追いかければそのうち捕まえられるにしても、このやりとりはまったくもって無駄だ。

マスタングはすう、と息を吸い込んで体勢を調えると、せーの、で、猛ダッシュに突入した。

「エドワード!!!」
「いっうわぁ!!」

ぐん、とスピードをあげたマスタングの気配にエドワードが恐怖を感じてつられ、走り出す。

「くーんーなー!!」

最後は悲鳴に近い叫びを上げてエドワードはガツガツとブーツを響かせて逃げ回る。
マスタングはここで逃げられては元も子もないから一回り以上も離れたエドワード相手に、本気で何年ぶりだろうと思うほど走った。
廊下はすっかりモーゼの十戒の如く道が開けている。

「エ、ド…!!」
「――ぎゃっ」

とうとうマスタングの指がガシッとエドワードの肩を掴んだ。
エドワードは短い悲鳴を上げてぐるんと角を曲がる。

「おぅわ!?」

ずるりとブーツが滑ってエドワードが崩れ落ち、追って角を曲がったマスタングは大きく開けた口から酸素を大量吸入しながらも今一度力を込めてその肩を掴んだ。

エドワードはまた怒鳴られるのかと威嚇の姿勢に入って目をつり上げる。

「鋼の……」
「……」

マスタングは身体を折って肩を揺らすほど息を切らしているのに目が合うと、ふ、と笑ってエドワードの髪を撫でた。

「頼むから……私から逃げないでおくれ。…触るなと言うなら、触らないから」
「…………」

その困ったような笑みに、エドワードがスッと肩の力を抜いた。

「髪、…触んな…」

ぷい、とそっぽを向くエドワードは少し落ち込んだように視線を落とす。

そんな、必死で追いかけて来て。
そんな顔を見せられたらたまらない。
全然彼は悪くないのだから。

「………」

マスタングは髪を撫でるのをやめてしゃがみ込み、回りをちら、と見渡してから小さく囁く。

「庭に、出ようか。その方が私も落ち着く」
「……………ぁぁ」

エドワードも消えそうな返事を返して立ち上がった。

マスタングの後ろを歩いて行くのは何だか気恥ずかしい。
まるで悪戯がバレて先生に叱られる子どもの気分だ。

「…………」

特に言葉をかわすことなく歩いているマスタングの背中を見つめながらエドワードは口を尖らせている。




「さて………?」
「…え?………ぅん…」

回りからも、建物からも死角になりそうな木陰を見つけ、マスタングはエドワードを促した。
バツの悪そうな表情で視線を泳がせるエドワードはすとんとその場に座り込みマスタングに身体を向けようとしない。

「………先に聞いておくが、…今回の事は、私が悪いのかな?」
「…………」

エドワードが無言で首を横に振る。
マスタングはほ、と息を吐いて表情を緩めた。

「聞いても、構わない事かい?」
「………言いたく、…なぃ」
「わかった」

マスタングはそれがわかれば良かった。
何かしら抱え込んでいるのは見えるのに相談できないのか、それとも相談したくないのか…話したくないのか、わからなかったのだ。
相談したくない話したくないと言われて落ち込まないわけではないが、エドワードがどう思っているのかがわかれば、待っていられる。
彼が、話そうと思うまで。

「解決できそうなのか?」
「たぶん……あと二日くらいで終わる、はず…」
「……そうか」

エドワードは相変わらずこちらを向こうとしないが、少しずつでも口を開いてくれる。

「………」

エドワードはあぐらを組んだ足首をぎゅ、と両手で掴み、口をキツく結ぶ。

マスタングに触るなと言い始めて5日も経つ。
理由も言わないで触るなの一点張りな自分に、マスタングは呆れ顔をしながらも付き合っていた。
初日の仕掛けもあの後一度も発動していない。

「…エドワード?どうかしたのか…?」

手を伸ばしかけてマスタングがす、と戻す。
不自然なく流れた仕種にもエドワードは眉をしかめた。
黙って、あと二日。
あと二日過ごせば何もかもバラして笑い話にできるのに。
何のためにお互い我慢したのかわからなくなってしまう。
いや、自分は自業自得でもマスタングは理不尽な目にあわされているわけで。

「………あ、あの…さ」
「うん」

さら、と相槌を打つのは聞き出したい素振りを見せたらエドワードがまた貝のようになってしまうから。
心配が消えたわけではないのだけど、無理クリ口を割らせてもエドワードが相手では状況は良くなるはずがない。

エドワードはうなる言葉にすら詰まる。
どう話したらいいのか、まったくわからない。
そのままずばり言っていいのだろうか。でも、それ以外にはない。
そりゃ確かに前振りという名の言い訳ができなくもないが、あまり屁理屈をこねても仕様がない。

「あのさ、これ聞いても…触るなっつーのは変わんねーし、もしかしたら大佐的にはもっと嫌かもしんねーけど………聞く?」

一応、断りと念押し。

「………」

怒っているわけではないが確実に顔をしかめてこちらの出方を見ているエドワードに、マスタングはふむ、と腕を組んで少し思案顔をした。
だからって聞かないつもりは毛頭ないのだが、エドワードの真剣さに対してきちんと考えている態度をとって敬意を払ってみる。

「……話してくれるなら」
「わか、った……」

エドワードはうう、と口元を歪めて言い出したのは自分なのにやはり崖っぷちな気分になる。

もじもじと指を動かしてエドワードが緊張したようにため息をついた。
自然と顔が熱くなって、手のひらに汗を感じる。

「だから……その…」

ちら、とエドワードはマスタングが手に持っている巾着袋を見た。

「それ…」
「…これ?」
「………開けてみろよ、いいから」

逆ギレのようにふて腐れた顔で指差す巾着袋をマスタングがぷらん、と持ち上げた。

「………」

マスタングは巾着を高く持ち上げ、ちょっと考えるように手を顎に当て中身を推測してみた。
エドワードがあれほど言いたくなさそうなのだから、よほどのものが入っているはずだ。
何か、錬金術に関するものだろうか。
いや、それならホークアイよりまず自分に相談してくるはずだから……。

マスタングは何故ホークアイなのかを考えて、ストップしてしまった。絶対に彼女がキーワードなのだが、それとエドワードが自分に触るなと言うところの接点がまったく見出だせない。

「………」

見た目と触り心地という外からの推測には限界がある。

マスタングはエドワードが息を飲み食い入るようにこちらの様子を見ている中で、巾着袋の紐を解く。

「……………は…?」

慎重に袋の口を開いて覗き見たマスタングが思い切りな疑問を込めて低い声を発し、困ったように顔をしかめた。

「エドワード………こ、れは…どういう…」

まだ中を覗き込んだままマスタングは空笑いをしそうになって必死で堪える。
絶対からかわれているわけではないからだが、…意味がわからない。

「〜〜〜〜〜〜〜ッそのまんまだよ!」

耐え切れなくなったエドワードがガシッとその巾着袋を奪い取った。

そしてエドワードが発した次の言葉は、エドワードの倍近く生きて来たマスタングの理解の、正しく範疇外だった。

「だから…っ今俺、女だから…!!」
「――――!?は!?」

エドワードは恥ずかしさと怒りで真っ赤になりながら中身を勢い良く取り出した。

「ちゅ、中尉がくれたんだよ!」
「!」

ぴら、と広げられるのは昼ひなたの軍施設内にはあまりに不釣り合いなもので。

「………ブラジャー!」

叫ぶエドワードに、マスタングは軽く意識を失いそうになった。









































→ 女体って、いまいちひかれないんですが…。
今回はそんなドタバタなら面白いかな、と。
またしても続きますがね…。
女体でR18を書くか????
わかんないなー。
MAGU








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