明晰夢
ーーーーあぁ・・まただ
「ほう・・面構えだけは、一端になったな」
ソルジャー・クラス1stの制服を着たエレノアを見て、宝条は嬉しそうに言う。
ここは、神羅の研究室でありながら、今や治外法権と化した実験室。
「これを使え。急あつらえだが、支障はなかろう」
渡されたのは、神羅が訓練用に使用している剣。男の兵士が多いため、握りが太く、エレノアは両手で持った。
「もうお前に怖いものはない」
珍しく、目が笑っている。
この男が笑う時は、ろくなことがない。一緒に暮らし始めて、いちばんに学んだことだ。
実験体の身体の傷みや、心の苦しみーーそれを見て笑うのかと思っていた。
だが、そうではないことにすぐに気付いた。
この男は、自分の実験の結果を見ることが、何よりも楽しく、それが全てなのだ。
子どもが無邪気に虫の羽をむしるような、あまりにも残酷で、あまりにも純粋な行為。
壁の赤いボタンを押すと、低い音を出しながら厚い壁がゆっくりと上がる。
笑いは更に深くなる。
壁が上がりきると、薄暗い部屋の中に一体のモンスターがうずくまっているのがわかった。
「さぁ、あのモンスターを殺してみせろ」
ゴツゴツとひび割れた厚い皮膚。獣の様に黒く鋭い爪。
云われるまま部屋へ入ると、足音に気付いたモンスターが顔を上げた。
「う・・あ・・・」
近づく程に、嫌悪感が増した。それに呼応するように、モンスターの口が歪む。
「ああああーーーーー!!!」
両手を広げ向かってきたモンスターに、躊躇いなく剣を突き刺した。
「ーーーー!!」
モンスターは、驚いて眼を見開いた。
「そうだよね・・・今まで、どんなにぶたれても、逆らったことなんてなかったもんね・・あなただけが、肉親だったから」
「ーーエ、レ・・・」
更に深く剣を押し込んだ。
「でもね・・私を愛してくれる人が出来たの。だからもう」
ーーーあなたが居なくても、いいわ
勢い良く剣を引き抜くと、血を噴き出したながら、モンスターは倒れた。
頭から返り血を浴び、エレノアはボロクズのように倒れたモンスターを見下ろす。
しとどに濡れた顔には、なんの感情も浮かんでいない。実験室に入って来た宝条は、押し黙る彼女の横で大口をあけて笑う。
「ふぁあーーはっはっはっはーーー!!!!これで、立派なソルジャー・クラス1stだな!!」
「ーーン・・エレン・・・」
「ーーー!」
眼を開けると、セフィロスが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どうした、うなされてたぞ」
「・・平気・・・ちょっと、夢を見てただけ」
「そうか・・・」
安心したように、エレノアを抱き締める。しなやかで触り心地の良い筋肉に抱き寄せられ、うっとりと目を閉じた。
シャワーを浴びた後、2人で朝食を作る。コーヒーにトーストにスクランブルエッグ、野菜サラダにフルーツのシンプルなものだ。
「今度、アンジールに料理を教わろうかな。お料理、上手だし」
「あぁ、いいかもな。まあ奴の場合は、料理上手な同僚というより、母親だがな」
「言えてる」
テレビも音楽も何も聴こえない。自分と、セフィロスの声だけだ。こんな空間が、何よりも好きだ。
「今日は、何もないのだろう?」
コーヒーの香りを楽しみながら、カップを口に運ぶ。
「うん。任務はないけど、夕方、イノセントとちょっと買い物の約束があるの。付き合ってよ」
夕方、八番街の噴水広場で待っていると、プレジレントの愛娘イノセントが現れた。
少し離れて、護衛のツォンが見えた。
「エレン!セフィロスさん!」
エレノアは、イノセントが鞄を持ったままなのに気付く。
「学校帰り?」
「うん。だって、家に帰ってからじゃ、お兄様がうるさいんだもん。ソルジャー・クラス1stのお二人と出掛けるって言っても、ぜっっったいお小言いうのよ」
イノセントの兄、ルーファウスが何かにつけて干渉してくるのは、社内でも有名だ。
神羅カンパニーの令嬢という立場上、安全を危惧するのは当然だが、愛らしい容姿に素直な性格は、彼女を知る者なら誰でも愛さずにはいられない。
不満を口にするも、その微笑ましい様にセフィロスもエレノアも笑う。
「で、今日はどうするの?」
「ええっと、来月の神羅カンパニー創設記念パーティーに着ていくドレスを見たいの」
「じゃあ、靴とバッグも一緒に見ましょうか」
「うん!お二人に選んでもらえれば、絶対だし!」
「責任重大ね、セフィロス」
「そうだな」
繁華街に向かって歩き出すと、ツォンも距離を置いてついてくる。
その場に居合わせた人々の視線が否応なしに集まるが、3人は慣れているのかお構いなしだ。
ガラス越しに店を選んでいると、ふいに着信音が響いた。途端に、エレノアの顔が曇る。
「はいーーわかりました。・・・ごめんね、戻らなきゃ。セフィロス、イノセントをお願い」
「あぁ・・・」
セフィロスが不機嫌な返事をする。走って行くエレノアを、イノセントは理由も分からずに見送る。
たとえセフィロスと会っていようと、それが任務でない限り、宝条の命令はエレノアにとって絶対なのだ。あの男が生きている限りーーーいや、あの男なら、死して尚、エレノアを支配するかもしれない。
彼女は手を上げてタクシーをひろうと、ある病院に向かった。
病院に入ると、迷いなくエレベーターで地下へ向かう。
本社で使用するカードキーを取り出し、廊下に設置された関係者以外立ち入り禁止の扉を、次々と開ける。
『ーー例の部屋へ行け』
極極、限られた者しか出入り出来ないこの場所に呼ばれた時は、実験体を始末する時。
突き当たりの扉の前で立ち止まると、施錠を解除するためカードを差し込んだ後、パスコードを打ち込む。
キュクロプス
最初のロックが解除される、続けて2番目のパスコードを入れる。2番目のパスコードはーーー
ガラテイア
中へ入ると、白い触手が絡み付いてくる。愛おしそうに自分の髪や身体を撫で廻す触手に、薄い笑みが浮かぶ。
「わかるの?あの子の匂いが・・・安心して、あの子はとても素直で美しく育ってる。あなたによく似ているわ、とても、とてもーーー」
顔らしきものを寄せて来たモンスターの身体に、剣を突き刺す。心臓をひと突きにされ、まとわりつていた身体は音もなく崩れ落ちた。それを見下ろす。
身体も脳も魔晄に侵されて、人としての記憶なんて消えてしまっているのに
「こんな姿になっても、まだ、愛しているのね・・羨ましいわ、イノセント」
終
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