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はじまり・1(逆3Z銀新)

右手に箸、左手にプリント。机の上にはノートパソコン、その手前に弁当箱。

とても生徒には見せられないような状態で、僕は短い昼休みを過ごしていた。

今頃、生徒達は午後の授業で提出する宿題を大慌てで片付けている事だろう。だが間違いなく彼らよりも、教師である僕の方が焦っている。何故なら、その授業で配るはずの資料がまだ出来ていないからだ。

口の中に卵焼きを押し込みながら、試しに印刷してみた左手のプリントを黙読する。先程からこの動作を何度も繰り返しているが、どこか見落としているような気がしてならない。

案の定──、

「ゔっ」

一行目に誤字発見。

箸もプリントも手放してパソコンと向き合う。画面上でも念入りにチェックした筈なのにこの有り様。焦りに自己嫌悪が混じって、キーボードを叩く力が強くなる。
国語科の教師として恥ずかしいったらありゃしない。

……この高校に赴任してもう半年が経とうとしているのに、いつになってもこの調子。

やっぱり自分は先生に向いてないんじゃないかなんて、今考えても仕方の無い事まで頭に浮かんできて益々パニックになる。

職員室にいる他の先生方はそんな僕を生暖かい目で見守ってくれていた。いつもは何の用もないのに遊びにやってくる受け持ちの生徒達も、今日は誰一人姿を見せない。

お弁当は諦めるから、このまま作業に専念させてくれ、と祈る僕。だがそんな望みをブチ壊す、大きな声が職員室に飛び込んできた。

「新八君!」

一度目の呼び掛けは、つい無視してしまった。

「新八君!新八君!」

……二度目三度目になると、流石にそうはいかなかったが。

手を止めて後ろを振り返ると、僕とは正反対の明るい表情で近付いてくるジャージ姿のゴリラ…もとい体育教師の近藤先生。

「……近藤先生、学校でその呼び方は止めて下さいって言ったじゃないですか」

小声で抗議するも、近藤先生はどこ吹く風で僕の手元にあるお弁当をのぞき込み、その顔に喜色を浮かべる。

「おっ!もしかしてそれはお姉さんの手作り弁当かい!?いや〜さすがお妙さん!どのおかずも見るからに美味しそうだ!」

体育教師兼、僕の姉のストーカーでもある近藤先生が物欲しそうにお弁当を見る。

「違いますよ、コレは僕が自分で…ってそんな事より、何かご用があったんじゃないんですか?」

出来れば手短にお願いします、と心の中で呟いて近藤先生を見上げた。

「おお、そうだそうだ!実はだな、折り入って君に頼みたい事があるんだ」

「姉上との仲を取り持つ件なら以前お断りしましたよね」

近藤先生の頼みと聞いて、思い付く事といったらこれくらいだ。目上の人に対する敬意も礼儀もなく冷ややかな視線を送るが、近藤先生はいやいや、と手を振ってニカリと笑った。

「そっちも是非お願いしたいんだが、今日は別件でね。まあ、人との間を取り持って欲しいという点では同じかな」

「はあ……?」

首を傾げる僕。早く話を切り上げたいと思いつつも、つい興味を持ってしまった。

「新八君、一年Z組の坂田銀時という生徒は知ってるかい」


坂田銀時。

自分が担当しているクラスの生徒ではないため殆ど面識はないが、その名を聞けばすぐに顔が思い浮かぶ。癖のある銀髪と若者らしいきらめきを持たない紅い瞳。
問題児という程ではないが、その珍しい容姿と時折垣間見せる突拍子もない言動から、この学校で彼の事を知らない者はいないであろう、超有名人だ。


「ええ、知ってますけど」

「なら話が早い。頼みというのは他でもない、ヤツと俺との間を君に取り持って欲しいんだ」

「はあ。………はああ?」

僕は思わずノートパソコンも弁当もそっちのけで椅子ごと後ずさった。近藤先生と距離をとり、恐る恐る言葉を続ける。

「近藤先生……まさか姉上にフラれ続けたせいでソッチの道に走ったんですか?ストーカーもマズいけどそれはもっとマズいですよ。スイマセン、教育委員会に通報していいですか」

「え?え!?ちょっ、新八君!?何か勘違いしてない!?違うからね!そういう意味じゃないからね!!?ホラ、俺剣道部の顧問してるだろ?坂田にウチの部に入るよう、君から説得して欲しいんだ!取り持つってのはそういう事だから!」

近藤先生は早口で説明し、僕の肩を掴んで元の位置まで引き戻した。


「……坂田銀時を剣道部へ?なんで…」

「アイツ、ああ見えて中学の時に剣道の全国大会で優勝してるんだよ。てっきり高校でも続けるもんだと思ってたのに……入学当初から声を掛けてるんだが一向に首を縦に振ってくれなくてな」

「いや、そうじゃなくて!その役目を何で僕が!?」

坂田銀時とは偶然何度か言葉を交わした程度で、親しいどころか何の接点もない。

剣道部の顧問が自ら赴いても無理なものを、クラスの担任でも、教科の担当でもない僕が言ってどうにかなる訳がない。

説明する必要もないであろう事実を敢えて口にした僕に、近藤先生も少し弱り顔だった。

「そうか、やっぱり仲がいい訳じゃないんだな。そんな話も聞かないから、なんで坂田のヤツが新八君の名前を出すのか不思議だったんだが…」

首を捻る近藤先生に、そうでしょうそうでしょうと頷きかけて、

「……彼が僕の名を?」

「おう。君が言うなら剣道部に入ってもいいって、そう言うんだ」

さっぱり訳がわからない。

何故僕?

ひょっとして、近藤先生は彼にからかわれたんじゃないだろうか?その時偶々思い付いた僕の名前を使って。

それくらいしか考えられない。

だが、その事を告げようとする僕を制して、近藤先生は職員室の壁に掛かった時計に目を向けた。

「おっと。もうこんな時間だ。とにかく一度アイツと話をしてくれないか?駄目で元々、軽い気持ちでさ」

そう言って反論する隙もなく去っていってしまう。

「頼んだよ、新八君!」

来た時と同じように大声を出す近藤先生に僕は何と返したものか迷い、結局何も言えずにそのまま行かせてしまった。


つまり、頼み事を引き受けた事になってしまったのだ。



その直後に鳴り響いたチャイムの音で我に返った僕は、未だパソコン内にある資料と、厄介な頼み事を前にして一気に青ざめたのだった。





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