[通常モード] [URL送信]

50,000hit感謝!!
グラさん刑事の捜査日誌
※以前upした
『銀田一少年の事件簿』
『A』『B』『C』
の番外編です。








寝ぼけ眼に映る部屋は、見事なまでの夕焼け色。

時計を見れば時間は五時。

定春が起こしてくれなければ、危うく丸一日寝て過ごすところだった。

朝ご飯も昼ご飯も食べ損ねて、腹の虫は大絶叫。
頭は、脳みそが溶けてなくなったんじゃないかってくらいぼんやりしてる。

そんな状態で、私はこんな事になった原因を見下ろしていた。

オレンジ色に染まった和室に並ぶ、二組の布団。
しかしその一つは空っぽ。

代わりにもう片方の布団が一人分とは思えない膨らみ方をしている。

掛け布団からはみ出している銀色のモジャモジャ頭を目指して部屋に足を踏み入れると、畳がみしりと音を立てた。

銀ちゃんが起きた気配はないのに、盛り上がった布団は大きく揺れる。

枕元へ近付くと、すやすやと気持ちよさそうに眠る銀ちゃんが両腕で何かを抱え込んでいるのがわかった。

その何かは黒い髪を乱しながらもぞもぞと動く。
どうにかして腕の中から抜け出そうとしているらしいが、全く無駄な抵抗のようだ。

しかし、しばらくすると何とか銀ちゃんの胸から顔を上げ、私の方を見て真っ赤な顔を泣きそうに歪めた。

「か…ぐら…ちゃん…」

弱々しく情けない声。

「たすけてぇ…」

……新八の懇願に、私はそれはそれは大きなため息をつく。
そしておもむろに立ち上がると、掛け布団を勢い良く引っぺがした。

露わになる2人の姿。
銀ちゃんは両腕だけじゃなく、両足でも新八をがっちりとホールドし、まるで抱き枕のようにしがみついている。
恐らく相当の馬鹿力なんだろう、これじゃあ新八は身動き一つ出来ない。

私はもう一度ため息をついて新八の方を向き、任せておけ、という気持ちを込めて頷いてみせる。

そして一向に起きる気配のない幸せそうな天パ男に、冷たい視線と渾身の一撃を落とした。


「銀ちゃん、現行犯逮捕アル」














「よおグラさん、遅かったじゃねーか。捜査会議はとっくに始まってるぜ」

スナックお登勢の戸を開けると、奥のテーブル席に座っていたマダオがそう言って私に手を振った。酒のせいか、かなり機嫌がよさそうだ。

「新たな被害報告と目撃証言があるぞ、リーダー」

同じ席についているヅラも、うっすらと頬が赤くなっている。その隣でエリーが『お先に頂いてます』と書かれたプラカードを出した。

私はその様子をちらりと見ただけで、何も言わずにカウンター席へ向かった。

「何だい、今日は随分と大人しいじゃないか」

煙草の灰を手元の灰皿に落としながら、バーさんがそう尋ねる。
横にやってきたたまが私の前にコップを置いてオロナミンCを注いでくれた。
それをグッとあおり、頬杖をついてため息を漏らすと、バーさんの隣にいたキャサリンが憎たらしい顔で見下ろしてきた。

「オイオイ、何ダソノ態度ハ。捜査員タチノ士気ガ下ガルジャネーカ」


その濃過ぎる顔を睨み返してから、私はくるりと椅子を回転させてマダオたちに向き直った。

「……取りあえずお前らの報告を聞くアル」

待ってましたとばかりにマダオがニヤリと笑い、明るい口調で語り出す。

「五日くらい前かなァ、街で銀さんと新八君に会ったんだけどさ、新八君に挨拶しただけで銀さんから思いっきり睨まれちまったよ。いや〜恐いのなんのって」

アッハッハと笑い出しそうなマダオに続いて、ヅラも口を開く。

「三四日前の事だ。銀時を訪ねて万事屋へ行ったら、丁度あやつが留守でな。一人で留守番をしていた新八君が気を使って中で待たせてくれたのだが、間もなくして帰ってきた銀時に問答無用で万事屋から蹴り出された。その上、今後一切の出入り禁止を言い渡されたぞ」

ヅラが顎に手を当て、当時の事を思い出したように眉根を寄せる。そしてエリーに目を向け、

「エリザベスも被害者だ」

と言って肩(らしき場所)を叩く。

『何でお前が新八にエリザベス“先輩”って呼ばれてんだよ。どんな関係?新八と何があったんだコラ…って凄まれた』

エリーが目に涙を浮かべ、文字で埋め尽くされたプラカードを掲げる。

「そういや銀時から、『変な男が近所をうろついてたら教えてくれ』って言われたねェ」

そう言ったのはバーさん。

「坂田サンニ、『お前にとって開けにくい鍵ってどんなの?』ッテ聞カレタナ。万事屋ノ防犯セキュリティーヲ高メタイソーダ」

次々と出てくる被害報告と新証言。

その中で一人黙っていたたまを見上げ、「たまも何かあるアルか?」と聞いてみる。

「昨日、ケン○ッキー・フライド・チキンかぶき町店の前でカー○ルサンダース人形にメンチをきっている銀時様をお見かけしました」

「何だいそりゃ」

怪訝な顔をするバーさん。他のみんなも不思議そうにしていたが、私には思い当たる事があった。

一昨日の夜、あまりにもみすぼらしい夕飯のメニューを見て、私が言ってしまった言葉が原因だろう。

『カーネルの嫁になればこんなひもじい思いしなくて済むアル。フライドチキン食べ放題ネ』

ぶーたれる私を宥めるように、新八が『そうだね』、と言って笑った。

……きっとアレが気に入らなかったんだ。


「とうとう人形まで嫉妬の対象に…」

私の説明を聞いて、嘆かわしいと首を振るヅラ。そして爆笑するマダオ。

しかしそれを見ても全く表情を変えない私に気付いたバーさんが、「どうした?」と尋ねてきた。

「……もう、証言や証拠を集める必要はなくなったアル」

哀愁を漂わせて呟いた私を、みんなが驚きの表情で見つめる。真っ先に口を開いたのはマダオだった。

「え、まさか神楽ちゃん……」

「今日の午後五時、“新八のハート窃盗罪”、並びに“超絶鈍感罪”、及び“思わせぶり罪”で銀ちゃんを逮捕したネ」

「なんと…急展開ではないか。一体何があったのだ」

「銀ちゃんが新八を布団に引きずり込んでたアル」

「ヤッチマッタノカ!」

「新八は何もなかったって言ってたヨ」

「銀時は何て?」

キャサリン、バーさんと質問が続く。

「新八を救出するためにぶん殴って気絶させたまま、まだ起きてこないアル」

「……アイツが罪を認めるかね」

バーさんが煙草の煙を天井に向けて吹き上げる。

「認めるワケないネ。自覚がないんだから」

「……新八君が自分を好きだって事にも気付いてないよね」

「気付いてるのは新八が誰かに惚れてるって事と、その相手が男だって事だけヨ。それが自分とは知らずに必死になって捕まえようとしてるアル。自分の尻尾を追い掛けてぐるぐる回ってる犬並みにアホネ」

「……で、どうするんだ。この事はお妙に報告するのかい?」

「お妙ちゃんに言ったら、銀さん間違いなく死罪だろうな……」

青ざめるマダオ。
私も頭を悩ませる。


──ホントなら、当然アネゴには言わなきゃならない。

何故ならこのグラさん、実はアネゴの回し者だからである。

与えられた任務は銀ちゃんと新八の監視。

自らも目を光らせ、マダオやヅラといった捜査員を使って街での様子を探る。バーさんたちには情報収集をしてもらっていた。

敏腕刑事グラさんに掛かれば、こんな事はお手のもの。
今まで、その成果を包み隠さずアネゴに報告してきた。

……事になっている。


「どうするリーダー。この件、いつものように揉み消すか?」

「人聞きの悪い事言うんじゃねーヨ」

ヅラの言葉に反発しながらも、心はまだ揺れていた。


──私は、銀ちゃんと新八がくっ付いても構わないと思ってる。
男同士だろうが、年の差があろうが、甲斐性無しの天パだろうが、地味な眼鏡だろうが、お互いが幸せなら別にいいんじゃないかと。

アイツ等なら幸せになれるんじゃないかと、そばで見てれば思うワケで。

だから、私なりに気を使ってやってたのだ。

新八が銀ちゃんに思いを伝えるまで、それか銀ちゃんが気付くまで、そっとしといてやろうと。

アネゴから命じられたように“見張る”んじゃなくて、“見守る”つもりでいたのに。

銀ちゃんの多少の暴走には目を瞑り、都合の悪い事は報告せずにいたのに──。

なのに銀ちゃんときたら、自分の気持ちにも新八の気持ちにも気付かないまま、本能のままにどこまでも突き進んでいくばかり。

この辺でちょっと懲らしめてやったほうがいいんだろうかと、思わないでもない。

アネゴに今回の事──銀ちゃんが新八を布団に引きずり込んだ事を話せば、間違いなく銀ちゃんは処罰される。
新八も万事屋に来られなくなるだろう。

そうなれば。そうなれば……



……目に浮かぶのは、二人の辛そうな顔。


それは、私が一番見たくないもの。





その時、頭の上でドッタンバッタンと大きな音がした。
あちこちにぶつかりながら、何かが二階の室内を移動している。
階段を転げ落ちる音がして、やがて──

入り口の戸が外れそうな勢いで開き、頬を腫らした銀ちゃんが姿を現した。

切羽詰まった表情で店内を見回すと、目当てのものが見つからなかったのか、顔を歪めて舌打ちを一つ。

「神楽っ!新八知らねェか!?どこにもいねーんだ!!」

必死な銀ちゃんに対して、私はとても冷めていた。

「……家に帰ったアル」

「んだと!?一人でか!?」

「私と定春で送ってったネ」

「そうか……」

銀ちゃんは一先ず息をつくと、すぐに背を向けて店を出て行こうとする。

「銀ちゃん?」

「新八迎えに行ってくる」

「行ってもアネゴに追い返されるだけヨ」

「大丈夫だ。この時間ならお妙のヤツは仕事に……」

言いかけて、銀ちゃんは勢いよく振り返った。

「って事はアイツ……今一人じゃねーか…!」

恐ろしい事実(※あくまで銀ちゃん的に)に気付き、ガクガクと震えだす。

「定春がいるから大丈夫ネ。新八に付き添ってるアル」

「……お、おお。定春がな」

私の一言で納得仕掛けたものの、次の瞬間には先程を上回る驚愕の表情へと変わる。

「……定春って、オスだよな…?」

銀ちゃんの言葉に、私をはじめ店の中にいた全員が凍りついた。

「新八ィィィィ!!!!」

その隙に、銀ちゃんは雄叫びを上げながら店を飛び出していってしまう。

「ムオッ!定春が危険アル!!」

しばらくして我に返った私は慌てて椅子から飛び降りた。

見当違いな推理ばかりするヘボ探偵の手に掛かれば、可愛いペットまで容疑者に入ってしまうらしい。

銀ちゃんに続いて店を出ようとした私を、バーさんが呼び止める。

「オイ神楽、銀時の処分はどうするんだい」

「……うーん。取り合えずはこのまま様子見ネ。ホモ観察処分ってヤツアル」

「それを言うなら保護観察だろ。……ったく、アンタも甘いねェ」


「人情派刑事、グラさんとは私の事ヨ」


遠い目をしてそう呟くと、バーさんが呆れ顔でため息をついた。そして他の奴らが笑いだす。

それらを聞きながら、私はすでに豆粒大になっていた犯人の背を追って駆け出した。


おわり。


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!