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そうして、夫婦になった清吉とお里は、それまで世話になった湯沢屋を出て、灯籠長屋に所帯を持った。
政五郎からは、この機会に正式に養子にならないか?と持ちかけられたのだが、清吉は、今の自分では湯沢屋の暖簾を汚してしまう、もっともっと修行を積んで湯沢屋の名に恥じない杜氏になってから息子にして欲しいと言って、今までより一層の修行に励んで来たのであった。

そんな清吉も、今では湯沢屋には無くてはならぬ杜氏の一人となり、この時期が要の時期だと言って、ここ数日家に帰っていなかった。

お里はそんな清吉に、着替えと握り飯でも届けようと 早めに夕餉を済ませ、石榴を連れて家を出ようしたのだが、石榴が行かないと駄々をこねるものだから出掛けられずにいた。

「石榴ちゃん、お願いだからこらえてちょうだい。早く行かないと暗くなってしまうから」
と、なだめるように言うお里に「アタシ一人で大丈夫。行かない」と石榴はうつ向いている。

清吉の店まで四半刻もあれば往復出来るのだから、そのくらいの時間、石榴を一人にしたところでさほど心配することも無いのだけれど、根が心配性なお里はどうしても石榴を一人置いていくことが出来なくて、ほとほと困り果てていた。

そして石榴は、自分がお里を困らせてしまっていることに大層居心地の悪さを感じてはいるのだが、さりとて湯沢屋にも行きたくなかった。
石榴は、あの酒麹の匂いが苦手だった。
だが、それを生業としている清吉とお里には言えないでいたのだ。

まるで禅問答でもやっているかのように押し黙ってしまった二人だったが、ふいに石榴は顔を上げると名案を思いついたと言わんばかりに言った。
「アタシ…あんちゃんとこに居る。だったらいいよね?」

「風斎さんとこに?そんなの迷惑だよ」
お里は たしなめるように言う。

だが、石榴はサッと草履を引っ掛けると走り出て、万と書かれた風斎の部屋の引き戸を勢いよく開けた。

「あんちゃん、アタシあんちゃんとこに居てもいい?」

部屋でぼんやりと煙管を吹かしていた風斎は、いきなり走り込んで来た石榴に「何や、何や?えらい見幕やな。何のこっちゃ?」と顔をあげた。



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あきゅろす。
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