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む ー気付きー

それから二日と少し。
風斎は江戸へと戻って来た。

見慣れた木戸に差し掛かり、いつもなら一言二言からかう木戸番の親父の客引きの声にも今日は見向きもせずに、むっつりと黙り込んだまま木戸を抜ける。

「よう、今帰りか?」

風斎は声のした方をゆっくりと見やる。

「なんや、ホラ貝やないか。なんぞ用か」
大して興味も無さそうに風斎は言う。

「ホラ貝?なんだそれは」
俊藏は笑いながら懐の流布威を撫でている。

「ホラ貝やからホラ貝言うてんのや」
風斎はひらひらと手を振るとさっさと俊藏の目の前を歩き去ろうとしたが、つと何かを思いついたように立ち止まって手を打った。

「あ!わかったぞ、あんたワシに悪い亊したて思うてんねやろ?空言言うてすまんかったって。ええで、ええで〜。かまへんかまへん。ところでな?ワシ腹減ってんねん、せやから飯食わせろや。それで勘弁したるわ」

風斎はニィっと笑いながら俊藏の肩に手を置くと「ほな行こか」と、俊藏の体を押すようにして足を進める。

「おい、ちょっと待て。話しが見えねえぞ」

風斎に押されながら俊藏は言う。

「ええから飯奢れや。ワシ腹減ってんねん。めちゃめちゃ腹減ってんねん!飯食わんとあんたを許す気にならん。この場で斬りたなるわ」

「斬る?お前は腹が減ってるだけで人を斬るのか?」
呆れ顔で言いながらも、「まぁいい。飯ぐらい食わせてやるさ。だから押すな」と俊藏は苦笑しながらも、ちゃんと自分の意志で歩き出した。

そうして二人は近くの飯屋の暖簾をくぐると、店の主人に「適当に見繕ってくれ」と声を掛けて席に着いた。

台の上に並んだ煮物やら焼き魚に片っ端から手を着けながら、風斎は一杯目の白飯をあっという間に平らげた。

「親父、お代わりくれ」
茶碗を差し出してそう言いながら、目の前に座っている俊藏を見やる。

「あんたは食わんのか」

「俺はさっき蕎麦を食ったからな」
俊藏は笑いながら言う。

「蕎麦ぐらいじゃ腹は膨れんやろ?あんたも食うたらええ」
そう言って、店の主人にもう一膳頼もうとするのを慌てて押し止めた俊藏は、苦笑しながら言った。
「誰もかれもがお前みたいに食うと思うな。俺は蕎麦だけで十分なんだよ。ところで……行ったのか?」

「ん?」

風斎は、箸を止めて上目使いに俊藏を見た。

「その帰りや。あんたがホラ貝なんを確かめてきたったわ」

「だから、そのホラ貝ってのは何なんだ?」
俊藏は笑いながら聞く。

「あんた二日もあれば着くやなんて大ボラ吹いたやろ?何が二日や。ワシの素敵な足でも三日かかったわ。ほんま空言言いやがってからに。せやからホラ貝や」

「成る程な。お前だったら二日でいけるかと思ったんだが……。さすがの赤兎でも無理だったか」
そう言って俊藏は笑う。

「だがな、常人ならば七日はかかる道程だ。俺でさえ、どうやったって五日はかかるだろう。それを三日で行くってのは矢張りさすが赤兎というべきか?」

「何やと?七日やと?せやったら端っから七日言わんかい。ほんだらさすがワシや!て、ええ気分になっとったんに」

そう言って風斎は残りの飯を一粒残さず綺麗に食べ終わると「ごちそうさん」と箸を置いた。

「ほな行こか」
立ち上がった風斎は当たり前のように俊藏を促す。

「ん?どこにだ?」

くすりと笑いながら風斎を見上げる俊藏に「いちいち鬱陶しいわ。最初っからそのつもりやろ?いつからあそこに居ったんや」と、風斎は言いながらさっさと先に立って暖簾をくぐった。

「ふっ、適わねえな。お見通しか」
俊藏は苦笑しながら、後について暖簾をくぐる。

店を出て来た俊藏に「にゃぁ」と短く鳴いて流布威が寄ってきた。

「待たせたな」
俊藏は目を細めて流布威を抱き上げると懐に収め、既に随分先を歩いている風斎の後について、ゆっくりと歩き出した。



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