を -新衛門の頼み亊-
「風斎、風斎」
昼飯を終わって横になっていた風斎は自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「何や?誰や?」
目を開けると、目の前に新衛門の顔があった。
「なんや、新さんやないか。人の寝込みを襲うとは悪趣味やなぁ、ワシそんな趣味ないでぇ」
よっこらしょと起き上がりながら言う風斎に、新衛門は真剣な面持ちで言った。
「風斎、お前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?アカン、アカン、新さんの頼みは毎度毎度ろくなもんやないで。まぁ、今日の頼みはお里はん絡みっちゅうとこやろけどな」
うーんと伸びをしながら風斎は言った。
「流石だな、何も言わなくても察しはつくか」
どっかりと風斎の前に座って言う新衛門に 「そりゃあワシかて阿呆ちゃうからな。お里はんが番屋に連れていかれてもうてる時に、新さんが表からやのうて裏からコソコソと来よる。ほんで神妙な顔して頼みがあるて言うてる。ほんだらお里さん絡みに決まっとるやんな。逆にせやなかったらびっくりやわ」
煙管に刻み煙草を詰めながら、風斎は言う。
「お前…俺が裏から来たのに気付いてたのか?食えん奴だ」
新衛門の言葉に風斎は素知らぬ顔をして煙管に火を点ける。
「ほんで?頼みたいことて何やねん?新さんがそないな顔しとるっちゅうことは、相当難儀なことになってるんやろ?」
「実はな…」
新衛門の話しによるとこうだ。
番屋に連れていかれたお里は、取り敢えず正規の手筈を踏んでお調べを受けた。
当然のことながら、お里は政五郎殺しを否定する。
調べに立ち会った他の役人も、華奢で大人し気に見えるお里が下手人だとは到底思えなかった。
だが、あの榊がうんと言わない。
女の力でも川に突き落とすぐらい簡単に出来る、ちょうどその頃に男女の争う声や、政五郎らしき怒鳴り声、水音なんかを聞いたという証言と考え合わせると、お里が下手人に間違いないと言い張って退かない。
新衛門が、いくら女の力でも突き落とせるとは言っても、あの程度の深みならば、当然政五郎は這い上がって来た筈だ。
その政五郎を殺そうと思えば、頭から押さえつけて溺れさせるか、何らかの方法で力ずくで殺さなければならない、そんな所業がか弱いお里に出来る筈が無い。
しかも、お里と政五郎は親子のような間柄だ、政五郎を殺めるなんてことがお里に出来る筈が無い、と、いくら言っても、榊は蛇のような目で新衛門を睨めながら、それは政五郎がたまたま石か何かに頭をぶつけて気を失ってしまって溺れてしまったのだろう、と言う。
だから、結果的にはお里が殺したことに間違いは無いと。
そして、確かに、榊が言うように、政五郎の頭の後ろには瘤のようなものが出来ていたのだった。
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