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「ねぇ銀さん、例の話しなんだけどね」

人目に付きにくい川端のほとりで、月砂と銀次が話しをしている。

「例の話しってのはどの話しだ?」
とぼけたように、銀次は言った。

「アタシと銀さんの間に、そんなに沢山の話しがあったかねえ」
月砂はクスクスと笑いながら、ひらひらと手を振った。

「例の辻斬りの話しなんだけどね、銀さんのお陰で、大事な証人が出て来たのはいいんだけどさ」

言い淀む月砂に、銀次は口の端をくいっと上げながら言った。

「証人が出て来たはいいが、余りの大物出現に役人達もあたふた……ってとこか?それで、話しの出所はいったいどこなんだ?信用出来るのか?とでも聞かれたか?」

「ま、それはその通りなんだけどさ。銀さんが教えてくれたのは、そんな亊を言ってる男が居るって亊だけ。後はアタシが動いたんだしね、それは別にいいんだよ」

そう言って、しゃがみ込んで水面を見つめている月砂の後ろ姿を、銀次は黙って見ている。

「それでさ、その一人だけじゃどうにも信用ならない、だから、他にもそんな話しが無いか探って欲しいって言われたんだけどね。さっぱりでさぁ、だからさ、銀さんが他にも何か持ってないかな?って思ってさ」

「ふうん……」
銀次は、ちらりとこちらを見た月砂に頓着する亊なく、腕組みをしたまま在らぬ方向を見ている。

「ねぇ、銀さん、何か有るんなら教えてよ」

月砂は、銀次が何故かこの辻斬りに興味を持って動いているのを知っていた。

「無い……ことはねぇがな。はっきりしねえのさ」

銀次は、独り言のように言う。

「あの証人ってのは、たまたま飯屋で女相手に話しをしてんのを聞いたんだがな。そもそもの話しは、こうさ。最近、あの辻斬りがあった辺りで、一人の侍がうろうろしてんのを何回か見るんだが、どうもその侍の背格好が、自分が見た花魁に袖にされた若侍の付きの人間に似てる、ってな。元々はそんな話しだったんだよ」

「へえ……」

興味深げに耳を傾ける月砂に、銀次は続ける。

「それで、何だか面白そうだと思って詳しく話しを聞いてみたんだが……どうもはっきりしねえ」

「ちょっと、はっきりしないってのはどういう亊だい?アタシもあの男に話しを聞いたけど、別におかしな所は無かったように思うんだけどね」

そう言う月砂に「いや、はっきりしねえのは、あの場所をうろうろしてた侍が誰か?って亊なんだよ。その男は自分があの日見た侍じゃねえか?って言ってるんだが、いくら提灯があったとは言え、遠目から見ただけの人間の顔をはっきりと覚えてる訳もねえ。だからな、ちょいと気になって色々調べてみたんだが、今一つはっきりしねえんだよ」と、銀次は言う。

「それがそんなに大事な亊かい?あの証人の男が、あの日に偉いお武家さんを見たのは間違いの無い亊なんだろ?」

訝しげに訊ねる月砂に、銀次は軽く頷きながら答える。

「まあな。だが月砂、考えてみろ?その侍が本当にそうやって現場をうろうろしてたんなら、これまた怪しくねえか?たまたま通りかかったってんならまだしも、何度もってのはな」

銀次の言葉に月砂は、ハッとしたように頷いた。
「確かに……。あんなとこ、そんな偉いお武家さんがうろうろするような場所じゃないしね」

「だろ?それで調べてみたんだが、どうにもはっきりしねえんだよ」

月砂は何やら考えるように暫く黙っていたが、スッと立ち上がるとニッと笑って言った。

「アタシが調べてみるよ。女の方が動きやすいって亊もあるからね」

そう言って月砂は、着物の裾を軽く直すと「じゃ、銀さん、面白い話しをオオキニ」と、ペコリと頭を下げて、さっさとその場を立ち去った。

「おいおい、全く、そんなに上手くいきゃあ苦労しねえってんだ」

銀次は笑いながらそう言うと、自分もすたすたと歩き出した。



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