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れ -竹中藤兵衛-

そして、言われた通りに、早めに昼食を終えた新衛門が奉行所に戻ってみると、まだ昼飯を食べている者に混じって、竹中と斎藤が何やら静かに談笑していた。

新衛門がそちらへと歩み寄ろうとすると、その気配を察したかのように、ふいと、斎藤が振り返る。

その様子に新衛門は、相変わらず目敏い人だ、と、心内で苦笑しながらも斎藤らに歩み寄ると「お待たせしました」と、腰の刀を脇に置きながら、その場に座した。

「全く、竹中様の仰る通りだ。敵いませんな」
そう言って、新衛門の顔を見ながら笑う斎藤に「どうかしたのですか?」と、新衛門は不思議そうな顔をする。

「いやな、お前が直に姿を見せるはずだと竹中様が仰ってな。お前の性格ならば、自分らが思ってるより、ずっと早く戻るはずだからと。そして、そろそろですよ、と仰るもんだから振り返ってみると、正にお前が入ってきたという訳だ」
そう言いながら笑う斎藤に、新衛門は目の前に居る竹中の顔を、つい、まじまじと見つめてしまった。

竹中は、そんな新衛門をニコニコと笑い見ながら「なぁに、偶然ですよ。そんな気がしただけです。そうそう、織田殿、おツネさんでしたかね?気丈夫な乳母殿は。お元気ですか?」と、言った。

新衛門は、不意に出てきたツネの名前にどぎまぎしながらも「え、ええ、丈夫な人ですから」と答える。

竹中は、ゆっくりと頷きながら「それは良かった。彼女が付いていてくれれば、お嬢さんも安心です。きっと良い縁談に恵まれますよ」と、何とも優しい眼差しで言った。

新衛門は、その竹中の短い言葉に込められた意味に、先だって斎藤が言っていた亊が、すっと胃の腑に落ちるのを感じた。

お春の一件を、与力である竹中が知っている亊自体は別に不思議でもなんでもない。

だが、竹中の物言いは、役目を超えて深く事情を熟知している者の物言いであった。

しかも、大勢の同心が居る中、何ら特別な位置にいる訳でもない自分の使用人であるツネの存在だけでなく、その気性までをも把握している亊に、新衛門は驚きを隠せなかったのである。

同心同士ですら、何処に住んでいるのかさえ、よく知らぬ相手もいるというのにだ。

きっと竹中は、自分だけではなく、この奉行所に関わっている全ての人間の亊を掌握しているのだろう、新衛門は疑う亊なくそう思った。

此れ迄、竹中と個人的に話しをする亊など無かった新衛門は、竹中の亊を他の同心と同じように、昼行灯とまではいかずとも、物静かな好好爺だとしか感じていなかった自分の浅はかさを恥じた。

そして、新衛門は、感謝と畏敬の念を込めて「有り難うございます」と深々と頭を下げた。

竹中は、相変わらずニコニコと微笑みながら「さて、せっかく織田殿が早く戻って来られたのですから、早速お話しを聞きましょう。仁佐とやらが目を覚ましたそうですね」と、話しを促した。

新衛門は「はい」と頷くと、自分が書き記した帳面を手に、これまでに判った亊を話し始める。

竹中は、ふんふんと軽く相槌を打ちながら新衛門の話を聞いていた。
そして、一通り聞き終えると「よく分かりました。少し聞いてもいいですか?」と、いくつかの亊を訊ねてきた。

新衛門は、それに一つずつ答えながら、竹中の洞察力と考えの深さに再び舌を巻いた。

竹中の質問や指摘は至極的を得たもので、これまで新衛門が気付かなかったような亊に気付かせてくれた上に、今後の足掛かりになりそうな亊までをも示唆してくれた。

新衛門は、竹中がくれる幾つもの助言を、忘れぬように頭に叩き込んだ。

そして、話しが一区切りつくと、竹中は「さて」と立ち上がった。
「すみませんが、私はこれからちょっと出掛けなければなりません。斎藤殿、織田殿、辻斬りというのは厄介な事件です。色々と大変でしょうが、宜しく頼みますね」と、刀を帯に差し込みながら言った。

斎藤と新衛門も立ち上がりながら「承知しました」と、そんな竹中に頭を下げる。

竹中は、ニコニコと笑いながら「では」と、奉行所を出て行った。



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