繭編〜参〜 そして、繭は何一つ持たずに、身一つで夜中に女衒のいる家へ行った。 いや、一つだけ家を出る時にサクがくれたものがある。 赤い玉簪だった。 粗末なものだったが、いつもサクが身につけていたものだった。 その簪を握りしめて、繭は女衒の前に立つと言った。 「おじちゃん、アタイを誰よりも高く買って。アタイ誰よりいっぱい稼ぐから。だから誰より高く買って」 「ほう…」 女衒は目を細めると「ようし、分かった。誰より高く買ってやろう」と、相場より少し色を付けた値で繭を買った。 繭は、その金子をこっそりサクに渡すと、女衒と一緒に村を出て江戸へと上った。 三日かけて江戸についた一行は、振り分けられるようにして、それぞれの店に預けられた。 そして、繭は桝屋という女郎屋に預けられることになった。 女衒は、繭だったらもっといい店に入れると言ったのだが、繭が小さい店がいいと言って利かなかったのである。 誰よりも稼ぐためには小さな店がいい。大きな店じゃ出世するのに時間がかかってしまうから。 繭はそう言った。 そしてそれから数年が経ち、十五になった繭に水揚げが決まった。 相手は、ある大店の主人である。 繭をたいそう気に入ってくれて、本当は他の人に水揚げされる亊が決まっていた繭に、どうしても自分が水揚げすると言って、破格の大枚をはたいてくれたのであった。 その時、繭はジッと天井を見ていた。 まだ幼い自分の身体を執拗に撫で回す手を見るまいとしていた。 故郷にいる幼い妹弟を思っていた。 自分を玉のように可愛がってくれた親を思っていた。 貫かれた痛みに思わず腰が浮く。 男は逃すまいと、繭の細い腰をがっちりと掴む。 繭は、姉女郎に習ったように、大きく口を開けてパクパクと鯉のように息をした。 そして、頭に差した赤い玉簪を指が白くなる程に握って耐えた。 一筋の涙が流れる…。 それが何の涙なのか、痛みなのか、それとも… 繭には分からなかった。 そして、繭は女郎になった。 ただただ、せっせと稼ぐことだけを考えた。 そんな繭を守銭奴と指差す者もいたが、何と言われようが繭は平気だった。 繭は口癖のように言う。 「アタイは銭稼ぐために女郎になったんだ。銭稼いで何が悪い」 繭が村を出て十年。 故郷では何も変わることなく、繭の好きな白い花が咲き誇っていた。 -繭編 完- [*前へ] [戻る] |