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お冴編〜弐〜

石榴を背負った風斎は先刻渡ってきた弁天橋を渡ると、灯籠長屋とは逆方向の目抜通りに向かう。

そして『若松屋』と書かれた呉服屋へツカツカと入って行くと「毎度〜 お冴はん、ちょっとこの子に下駄 見繕って欲しいねんけどな。やっすいヤツでかまへんで。ほんで、足擦れてるで洗わしてもろたら有難いねんけど」

「まぁ風斎さん。『毎度』です」風斎の声に、奥からホッソリとした女が出てきた。

「お冴はん毎度オオキニ。相変わらず綺麗やな」

「風斎さんったら、いつもそうやってからかうんですから。この子…ひょっとして石榴ちゃん?」

「ああ、こいつが石榴や」そう言いながら、風斎は石榴を背中から下ろした。

「足…擦れてるって言ってましたね?石榴ちゃん、見せてちょうだいな」

「大丈夫。擦れてなんかない。痛くない」
俯いてそう言う石榴の頭をポンポンとたたくと、風斎は「ほれ、ええから見てもらい」と石榴の背中を押した。

お冴はにっこりと微笑んで、石榴を自分の膝に抱くと足を手に取った。

「まぁ…こんなになって…痛かったでしょう?」

石榴の足は合わない下駄で長時間歩いたせいで、真っ赤に擦れて皮がめくれていた。

だが、石榴はぶんぶんと首を振ると「大丈夫。痛くない。ちゃんと歩ける」と言った。

「石榴ちゃんは強いのね」
お冴は微笑むと、側にいた丁稚に声を掛けた。

「助松、足洗いの桶を取ってちょうだいな」

「へい、おかみさん」

助松と呼ばれた丁稚は、土間の隅に置いてあった足洗い用の桶を持ってくると、お冴の前に置いた。

「ありがとう」
お冴は礼を言うと、懐から手拭いを出して石榴の足を洗い始めた。

石榴は顔をしかめながら唇を噛んでいる。

「さぁ、綺麗になったわ。油を塗っておきましょうね。今日はもう下駄は履いちゃダメよ」

「でも…」

「大丈夫。風斎さんがまたおぶってくれますよ」

「だめ、自分で歩ける。あんちゃんがおぶってくれたのは遅くならないようにだもん。下駄がダメだったら裸足だったらいいでしょ?遊ぶ時はいつも裸足だから平気」

「いけません。裸足だとバイ菌が入ってしまうでしょ?じゃ、おばちゃんが風斎さんに言ってあげる。これから石榴ちゃんの下駄を選んでたらもっと遅くなってしまうから、石榴ちゃんをおぶっていかないと日が暮れてしまうって」

そう言って、お冴は風斎を見る。

風斎は鼈甲の扇子をパタパタやりながら「そらアカン、日が暮れてもうたら猫叉が出るやも知れんぞ。アカンアカン、こりゃ石榴おぶって走って帰らなアカンわ」と言った。

「ほらね。風斎さんは猫叉が恐いからちゃんと石榴ちゃんをおぶってくれるそうよ」

そう言って お冴は笑った。

そして、お冴は上がり框に石榴を座らせると、石榴に合いそうな下駄をいくつか持ってきた。

「これなんかどうかしら?」
朱のちりめんの鼻緒が付いた下駄を石榴の足に合わせながら、お冴が言う。

「綺麗…」
石榴は、ほぉっとため息をつきながら言った。

「どれどれ?ほぅ、ホンマ綺麗やな、それナンボや?」

「百文ですよ」

お冴の言葉に「ひゃくもん?」石榴と風斎は声を合わせて言った。

「アカンアカン、百文やなんてどこのお武家さんやねん、二、三十文くらいので見繕ってくれ」
風斎は手をひらひらさせながら言った。

お冴は笑いながら「三十文でいいですよ。頑張って歩いた石榴ちゃんに私からご褒美」

そう言って微笑むお冴に
「冴、お前は 何を勝手な亊を言ってるんだ?この店は私の店だよ?」
と、いつの間に出て来たのか、この店の主人である庄兵衛がねっとりと言った。

「アナタ…」
さっきまで微笑んでいたお冴の顔からすっと表情が消える。

「お冴さん、困りますよ、そう勝手なことをされちゃ、三十文じゃ元値にだってなりゃしません」
庄兵衛の隣で、番頭の六助が意地の悪い言い方をする。

「これはこれは、庄兵衛の旦那。毎度です」
風斎は扇子をパタパタやりながら言う。

「そないに仰々しい亊言わんかて大丈夫でっせ。こないに贅沢な下駄買いませんよってに。ワシら庶民は下駄なんぞ滅多に履かへんしな。」

そう言って風斎は、お冴に向き直ると「お冴はん、こっちの下駄もらうわ」と、安そうな下駄を指差して言った。

「はい、二十五文になります。風斎さん、ごめんなさい…」
小さな声でそう言うお冴は、今にも消えてしまいそうに儚い。

「何 謝ってんねん、オオキニやで、石榴の足洗うてもろて」
そう言うと、風斎は代金を払って再び石榴を背負った。

「時に、庄兵衛の旦那」
暖簾をくぐろうとした風斎は振り返ると言った。
「そこの番頭はん、行儀っちゅうもんを教えといた方がええで。仮にも自分が世話になっとる店のおかみさんを名前で呼ぶやなんて、ごっつう行儀悪いしな。あんさんの技量っちゅうもんが疑われる元や」

「風斎さん…」
お冴はそんな風斎の背中に頭を下げた。
石榴が小さく手を振る。



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