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お -夜道の先-

「待てっ、お春、待つんだ」

新衛門は、もう暗くなった夜道を駆けていくお春を必死に呼び止めるのだが、お春は見向きもせずにただ走っていく。

「いったいどうしたってんだ、何処に行こうってんだ」
新衛門はともすれば見失いそうになるお春の後ろ姿を必死に追った。

「あいつこんなに足早かったのか?」

だが、しばらくすると、お春が何処に行こうとしているのか、新衛門にも解ってきた。

「あいつ…」

そして、お春は新衛門の予想通りお京の墓前へと辿り着く。

「母上…」
お春は、その場にへたりこむようにして泣き崩れた。

「お春…」

新衛門は我が娘の身も蓋もない嘆きように、声を掛ける亊すら出来ず、ただ黙ってお春を見つめていた。

ひとしきり泣いた後で、お春はゆっくりと新衛門を振り返った。

そして、新衛門の前に立つと、真っ赤に泣き腫らした目で深々と頭を下げた。

「父上…ごめんなさい…迷惑を掛けました。馬鹿な娘でごめんなさい…」
お春の目からまた涙がこぼれる。

「父上の顔に泥を塗ってしまいました。あんな辱しめを受けながら、自害すら出来なかった春は織田家の恥です。ごめんなさい…父上、ごめんなさい…」

お春の言葉に新衛門は、思わず声が高くなる。
「何を、何を言うんだ。お前が死ぬ必要がどこにある、冗談じゃ…冗談じゃねえぞ!あんな亊で何で可愛い一人娘を死なせなきゃならん!」

そう言って新衛門は、目の前のお春を自分の胸に引き寄せると、しっかりと抱いた。

「お春、忘れろ、お前は何も悪くない。何も無かったんだ。お前は私の娘だ。何も恥じる亊は無い、立派な娘だ。江戸一番の器量良しで、気立てのいい自慢の娘だ」

お春に言い聞かせるように、そして宥めるように言う、父、新衛門の大きな胸の中で、お春は自分がまだ幼かった頃の亊を思い出していた。

まだ母も床に臥せる亊なく元気だった頃。
父は同じ亊を言った。
お春を膝に抱き満面の笑みで、お春の頭を撫でながら、お春は江戸一番の器量良しだ、気立てのいい自慢の娘だ、そんじょそこらの男には嫁にやらん、と…。

「ととさま…」

お春は、優しく強い父の胸で、いつまでもいつまでも泣いていた。



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