不敵に笑うジョーカー
W.カーテンコールはすぐそこに
「名前は?」
「え…?」
「名前、知らなきゃ呼べないでしょ?」
「……」
そう言って微笑む女は、やっぱり──…
“数々の富豪をたらし込んで、金を巻き上げる悪女”
…には、到底見えなかった。
その所為なのか──…
「…チック」
「バカ!」
「…chick(ひな)?」
「あ。」
「チック(チキン野郎)…“いい名前”ね」
───…気付いた時には、一番バレたくない本名を名乗っていた。
「こっっっの、バカ!ターゲットに本名名乗ってどうすんだよ!!」
もちろん、すぐ横にいたメンバーの一人に耳を引っ張られ、耳元で小さく怒鳴られた。
「す、すまん…」
言い訳のしようもなく、うな垂れる俺。
な、何やってんだ俺…自分が情けない。
「ミウ」
「…へ?」
すると、不意にそんな声が聞こえて来て慌てて顔をあげる。
周りは怒声や歓声、はたまたスロットマシンの機械音などでやたらと喧しいのに……何故だか、その女の凛とした声だけはハッキリと俺の耳に届いていた。
「ミウ?」
言われた言葉を、オウム返しに聞き返す。
「そう、私の名前。よろしくね、チック」
そう言って、薄桃色のぷっくりした唇をニコッと歪めたミウは、誰の目から見ても魅力的には違いなかった──…。
「オイ、騙されんなよ」
──そして案の定、その甘い罠にハマりかけていた俺は耳元で囁かれたメンバーの声にハッとして、我に返る。
そうか、“これ”がこの女の手管だったか…
俺は額にかいた冷や汗をコッソリ拭いながら確信した。
“毒の無い牙を装って、エサに近付く”…それが、この女の常套手段なのだと気付いた。
そして、気付いたからにはもう騙されない。
「俺、金だけは持ってるから、君にゲームの勝敗は任せるよ」
コイツは、金持ちの男ばかりを相手にその金銭を掠め取ってる。
だったら、こっちも金持ちのフリをして相手に近付くしかない。
「いいの?」
少し戸惑った様子で眉を下げ、ミウがそう問うてきた。
「ああ」
だから俺は、金銀札束を湯水の如く使い回す大富豪の御曹司を演じた。
役は、型にハマると簡単だ。そして、役にハマッたシナリオは、否が応にも俺の思惑通りに事を運んでくれる。
***
「やった!また、勝った!!」
何度目の叫びだろうか、ミウが‘また’そう言って俺の腕に寄り絡まって来た。
その瞬間、漂ってくる優しいシャンプーの香りに心臓が跳び跳ねる。
「ギャンブル強いんだな」
わざとらしいくらいに驚いて、上機嫌な様で誉めてやる。
「えー、たまたまよ」
分かってる、これはコイツの“計算内”
こうやって、ブラックジャックを仕切るディーラーと協力して、勝敗を自由自在に操る。
それは、全てミウの都合の良いように計算されたもの。
目当ての男に近寄っては、こうしてギャンブルで勝たせ親近感と信用度を上乗せして……相手の警戒心を掻い潜り、心の奥底に忍び込む。
「すごいな、今度俺の家に招待したいくらいだ」
残念ながら、男の警戒心を解く‘武器’として、ミウの容姿は他にないほど強力的だった。
「本当?是非、お邪魔してみたいわ」
俺も任務じゃなかったら、絶対騙されてるなんて思わない。
つぶらな瞳、可愛らしい唇、ピンクに染まり上がった頬…今にも倒れそうに細く華奢な体
かつて、これ程までに魅力的で勝算高い武器が存在しただろうか?
「ミウは、どうしてこんなとこに?君みたいな可憐な女の子が、来るところじゃないだろう、ココは」
そろそろ、‘探り’を入れる時間だった。
隙を見つけたいなら、まずはターゲットを知る事から…暗殺におけるマスター事項第一番だ。
「…シナリオは、決められてるから」
「え…?」
でも、たまに分からなくなる。
「私に選択権はないの」
そう言って、少し切なそうに微笑むこれも…本当に演技なのだろうか──…、と。
「…俺が、ミウの選択肢を増やしてあげようか?」
でも、俺は騙されない。
「え…」
コイツが隙を盗んでは、ディーラーやハウス側の人間とアイコンタクトを取っている事。
「今度、俺の家においでよ。ミウの事をもっと深く知りたいんだ」
そして、‘コイツ自身”に隙は全く存在しない事。
「ありがとう、チック。私もあなたの事、もっと深く知りたくなった」
俺が視線を向ければ、ミウもコチラを見る。俺がミウの体に触れようとすれば、その前にミウが俺の体に触れて来る。
…全て、動きは読まれていた。
隙だらけの容姿なのに、隙がない女。
「ミウが喜ぶ事なら何でもするよ」
普通の男なら…きっと、自分が視線を向ける度に示し合わせるように向けられる視線に、“これは運命”だと勘違いしてしまうかもしれない。
コイツは、人間の性としてのエグイ所をついてくる。
「あ…私、そろそろ行かないと」
「行く?」
不意に席を立ち予想外の行動をし出したミウに、これまた予想外に動揺したのは俺の心。
「ええ、この後ショーがあるの」
そう言ってミウが向けた視線の先には、カジノホールの最奧を陣取る大きなステージ
「何のショーなんだ?」
メンバーにこっそりと目配せしても、そいつらも小さく首をふるふると振って驚きを表す。
そんな情報、コッチには届いてないぞ。
「それは、登場してからのお楽しみ」
唇に指を当て首を傾げ微笑む姿は、俺の心を不覚にも乱す。
「最後の大トリを飾るから…見てね」
軽くウインクをして、俺の頬にキスをするミウの胸元の谷間には、その白い肌を鮮烈に彩るバラのタトゥーがあった。
「ああ…」
チラリと視線を横にずらすと、さっきまで俺達がしていたブラックジャックのカードの絵柄にも、同じマーク。
それだけでなく、ホール中の至る所に、スロット機の中央に、ディーラーの胸元のピンバッヂに…
「ミウ」
ステージ横にある関係者控え室の扉を潜ろうとしていたミウの背中に、声を掛ける。
「…なに?」
一度ビクンと肩を揺らした後、ミウはあの愛らしい微笑みで振り向いた。
唇の隙間から見える八重歯が可愛い。
「カーテンコールには、花束を持っていくよ」
そう、最高のフィナーレを
「ありがとう、チック」
そう、微笑むミウは何を考えている?
「待ってろよ、ミウ」
暗闇の奥へ姿を溶かすミウの背中を見送りながら、俺は小さく呟いた。
その口端には嘲笑の笑み。
無意識に握られた手は、一体何の動揺を表すか分からなかった。
「もうすぐに、俺の手で殺してやるから──…」
カーテンコールはすぐそこに
→To be continued...?
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