9 その声に目を見開いた。 私のこの漆黒の瞳は、もう何も映し出す事はないと思っていた。 目の前に待ち受けるのは、もう『死』の一言のみだと思っていた。 なのに──… 「貴女は、そんなに弱い人間(ひと)ではなかったでしょう?」 神は残酷にも、私に“希望”を与えた──… 「…ア…ダ……」 口からこぼれ出たその声は、震えていた。震える自分の声なんて、初めて聞いたかもしれない。 けれど…それ程までに自分は動揺していた。 その声を遮るようにブシュッ、とイヤらしい音をたてて刺客の男から吹き出した血飛沫。 飛び散る鮮血をその全身に浴びぬ様に、黒い燕尾服の上着を掲げた男の手際の良さに私は内心驚いた。 そして、その上着では庇いきれなかった返り血が、私の頬にピッと一滴かかる。 「……アダム」 もちろん、それを拭い去ろうとする事もなく、私は奴の名前を呟く。 「大きくなられましたね」 すっかり血染めの服と化した上着を、バサリと地面に転がる男の体に被せ、アダムは微笑む。 そうして笑う奴の表情は、初めて見たものかもしれなかったのに…何故だか、すごく懐かしさを感じた。 「あ…“大きく”は禁句でしたかね?失礼しました。 では…“大人”になられましたね。 カオリ=ローゼン・クロイツ様」 いちいち訂正しなくてもいい箇所を訂正して来たアダムに、私は眉根を寄せた。 そして…その姿に魅入る。 6年振りに再会したアダムの姿は、驚く程に大人っぽくなっていた。 まだあの時は、少し高かった声も…今では、一声聞いて誰だか分からない程に低くなっていた。 幼さがまだ残っていたその面立ちも、最早大人の男に近づいて至極秀麗な面立ちになっていた。 そして、短かった髪も耳や瞳が隠れるくらい…長く伸ばしてあった。 「…その髪、鬱陶しいぞ」 「6年振りに会って、初めに言うことがそれですか」 思わずそれを口にしてしまった私に、アダムは苦笑して少し困ったように答えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |