4 「アダム」 「はい」 暫く、その行為を無言で受けていたアダムだったが…不意に呼ばれたその名前には、すかさず返事をした。 ついでに、不快さに閉じていた瞳をそっと開けると、目の前にはコチラをじっと見つめてくるカオリの姿。 「さっき、刺客にも気付かないくらい…何を考えていた」 頬に添えられたダガーの刃が、グッと鋭角に突き刺さって来た。 その瞳には、深い疑いの色が宿されていた。 「貴女様の事です」 アダムは澱みなく答える。 だが 「本当か?」 “疑う”事を第一として身につけて生きてきた彼女は、そんな容易に人の言葉を信じない。 「カオリ様が無茶なさるのを、どう止めようか悩んでおりました」 「どっちにしろ不愉快だな」 頬に当てられたダガーにグッと力が入り、ツ...と流れ落ちたのは一筋の血の流れ。 けれど、やはり彼は何の抵抗もしない。 「誓え」 カオリは言う。 その瞳は、凍てつく様に冷たい。 信頼や希望などと言った言葉は、とうの昔に葬り去った。 「“血の刻印”に誓え」 そう言って、赤いYシャツの襟元を引っ張る。 そこには……黒い双頭を持ち、髭と尻尾が蛇と化したギリシャ神話の忌まわしき獣の姿。 地獄の番犬、ケルベロスを兄に持つ“オルトロス”の焼印である。 そして、それはクロイツ家当主の証である“彼女の刻印”でもあった。 「御意」 そこに、アダムはそっと唇を近付ける。 そして…噛み付く様に口づけて、その焼印に忠誠を誓う。 チリッと焦げ付くような淡い痛みに、カオリは眉をひそめる。 …いつもこの瞬間が嫌いだ。 自分の内側から沸き上がってくる 得体の知れないモノ。 それは、きっと偽りの自分。 “男”として生まれ得なかった後悔と絶望が詰まった 偽りの自分。 自分の本来の姿は、“コレ”でいいハズなのに──… 「…もういい」 首筋にかかる痛みに限界になり、カオリはアダムの体をそっと押し退けた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |