(白幸村というかヘタレ幸村というか…)
「幸村ぶちょ〜!」
ニコニコと満面の笑みで走って来たのは、幸村の後輩であり恋人でもある切原だ。
「だからもう部長じゃ無いって」
勢い良く幸村の腕にしがみついて来た切原の頭を軽く小突く。
「えへへ、すんません」
駅前の時計台は人気の待ち合わせスポットで、バレンタインデーの午後六時という人が集まる条件が重なり賑わって居るが、子供っぽい切原が幸村にじゃれてても可愛らしく見えるので二人の仲を邪推される事は無かった。そして今日がバレンタインデーで無かったら、今頃切原は幸村に出会えて無かっただろう。幸村のような美形を、女性が見逃す筈が無いのだ。
しかしどんなに魅力的な女性が幸村を口説いたとしても、今の彼を振り向かせる力は皆無だろう。幸村は可愛い切原に心酔して居る。
「どこ行くっすか?」
くりくりの猫目で見上げられると、幸村はもう何もかも切原の言いなりだ。
切原の手がそっとわざとらしく無いように幸村のももに触れた。そして耳元に囁かれる。
「ホテル?誰も居ないなら先輩ん家?」
切原の目を見れば、うっとりと誘って居る…。
「…じゃあ、うち、来る?」
「先輩のエッチ!」
足取り軽い切原に腕を引っ張られて幸村は早くも後悔した。切原の簡単な攻撃さえも防げ無かった。
─いや、あれは不可抗力…。
切原の誘ってる顔と言ったら、例えようが無い。ただただ幸村は弱かった。
実は、幸村はこの恋人に心酔してるにも関わらず一つだけどうにも許容出来ない所がある。
其れは切原が色情魔だと言う事だ。
幸村は切原に目が無いからこれ程嬉しい事は無い筈なのだが、切原は本当に無節操で、今だって二人でディナーを楽しみプレゼントを渡すという幸村の密かな計画が台なしになってしまったし、近頃はデートと言えば直ぐ其の話題になるし会えばもう切原は臨戦体勢なのだ。切原に快楽を教えたのは幸村だが、切原の愛情が見えなくなって居る事が問題だ。
─赤也は本当に俺が好きなのか。俺の与える快楽に酔ってるだけではないか…?
然う言った考えは幸村の中で巡り続けてた。もし切原が恋愛感情よりも快楽を求めて居たとしても、幸村の男性的魅力が欠けて居るわけでは無く、むしろ切原を骨抜きにしてしまう程の技術に自惚れたって構わないのだ。しかし切原に本当の好意を抱いてる幸村にとって其れは明瞭にさせておかねばならない問題だった。
家に向かう途中、幸村は決意をした。
─ちょっとお仕置きをしなければならないかもな…。
+++
「先輩…ん、」
部屋に入るなり、コートも脱がずに切原は幸村の首にしがみついてキスをねだった。
「赤也…お前は本当に可愛いな、ん、」
幸村も躊躇い無く応えた。
「もっと可愛がって欲しいっす…」
切原は早速舌を絡めて前戯にも等しい嫌らしいキスにして行く。
蕩ける思考の中、幸村は思い出した。
─はっ!何に溺れてるんだ、冷静になれ精市!赤也のこれをお仕置きするんだろう!?
と、幸村が葛藤する中、切原は右手を自身の下着の中に突っ込んで敏感な部分を優しく刺激して居た。
「んっ、ん…せんぱい…ヤバイよぉ…」
「赤也、勝手な事はするな」
─こいつ…いつベルトを外して…。
切原の早業に感心するやら呆れるやら、幸村も右手をそこに差し入れた。
「はぁん!だめ…」
「ばか。ダメじゃ無いだろう」
大切な物を扱うように、幸村の繊細な指は快楽を引き出して行く。切原はぎゅっと幸村にしがみついた。耳元に切原の息が掛かると、幸村は堪らない気持ちになる。切原の腰がびくびくと震える。
「せんぱぁい…」
甘ったるい声を出して、切原は絶頂を見た。
「本当に仕方の無い子だな、赤也は」
「えへへ…先輩の手、ちょお気持ちいいっす」
切原の手は出した物で濡れてる。幸村が切原の肩を抱いてベッドに座らせる。そしてサイドボード上のティッシュを数枚取り、甲斐甲斐しく切原の手を拭いてやった。
「せんぱぁい、俺、すごーくえっちな気分っす!」
「いつもじゃないか」
「違いますよぉ!今日は特にすごくすんごーく!えっちしたい!」
切原は堪らない、と言ったように幸村をベッドに押し倒した。唇に吸い付いてくる切原のもじゃもじゃした髪を見てると、幸村の中で可愛らしいトイプードルが懐いてくるビジョンが浮かんだ。
─赤也って犬みたいなんだよなあ…。
不慣れな手が幸村の服を脱がして行く。もどかしくて脱ぐのを自身でも手伝ってやると、切原がむくれた。
「ダメ!今日は俺がするんスから!」
「はいはい」
─する、って言ったっていれるのは俺なんだろ?
切原の一生懸命な姿を見てると、可愛くて可愛くていっそ呆れてしまう。
ふと、切原の動きが止まる。少し何かを考えたようにして、突然服を脱ぎだした。
「あれ?俺の服はもう脱がさないのかい」
切原は真剣な目で幸村を見詰め返す。
「いや、だって俺も裸じゃないとぎゅうって密着出来ない」
幸村の中で何かが切れた。
上体を起こし、切原に手を伸ばした。
「幸村先輩、脱がしてくれるんすか?」
「うん。早く脱いで。裸の赤也が俺の為に何かしてくれる方が燃えるから」
「何が燃えるんスか?」
「情熱が!」
優しくなんて出来ない。切原が今日のデートの為に選んだであろう服を乱暴に脱がして行く。薄手のニットをめくると黒のタンクトップが薄い身体を包んでる。白い肌を暴いて愛おしみ優しく撫でキスをする。
「赤也、かわいい…」
切原は脱がされるのに慣れて、そして早く脱ぎたいと幸村の動きに合わせた。身体をくねらせ全身を上下に律動させた姿は、幸村に直にセックスを連想させる。
「あ、無理」
然う呟いて幸村は切原のジーンズと下着を簡単に脱がして、散々愛したあの部分に触れた。
「あん」
切原の頬が紅潮して表情が艶めく。
「もういれるから」
「良いっすよ。先輩に会う前、我慢出来なくてちょっと自分でしちゃったんで」
「…悪い子だな。俺のじゃ無いと満足しないくせに」
「いっ…!」
幸村の物が切原に沈んで行く。容赦なくずぶずぶと。切原はシーツをぎゅっと掴んで圧迫感に堪えた。
「う、うん…」
「ああ、赤也、可愛いよ。俺の前でもっと可愛くなって」
慣れた痛みに堪えて居た切原の瞼がゆっくりと開かれた。碧の澄んだ瞳が幸村を写す。挑戦的な視線に幸村の胸がまた高鳴った。
「良いっすよ…」
切原の右手が自身の胸元へ行く。そして乳首に触れ、指先で其処を弄ぶ。
「せんぱあい」
軽く首を傾げて甘ったるい声を出す。
「きもちぃ…」
幸村が下から突き上げる。其の度に切原の口から意味の無いマシュマロのような音が零れる。
「赤也…」
「あっ、あん、」
乳首を弄って居た指を銜え、わざとらしい音を立てながら舐める。唾液に濡れた指先をまた乳首に滑らせた。唾液で指先が滑って上手く摘まめ無いらしい。其の動きはどんどん拙い物に変わる。
そんな一連の光景が眼下で繰り広げられる幸村の心中はとんでもない。思考がまともに働か無かった。只、純粋に動物的な衝動が幸村を動かした。
「赤也、赤也、赤也…!」
「ひゃ、あん、あっ…」
幸村は無心に腰を打ち付けた。切原は其の律動に合わせて声を上げ、直ぐに絶頂を見た。然うすると、切原の艶めいた顔も幸村の物を銜えたまま締まる秘部も幸村に更に刺激を与えるのだ。続いて幸村も切原の中で射精した。
+++
幸村はひどく後悔して居た。当初の、切原の淫らな性癖を叱る予定は結局流れてしまった。否、流されてしまった。
幸村だって切原が甘えて下半身の事ばかりを考えて居るのが嫌な訳では無い。むしろ嬉しい。だが、少しは健全な付き合いをしてロマンチックな出来事を期待したいのだ。
早くもバレンタインデーから一ヶ月が過ぎようとしてる。
─ホワイトデーか…。
イベントには目敏い恋人の事を思うと、幸村の心境は複雑であった。