はじめてものがたり 先日、切原は一世一代の大告白をした。 「真田副部長、好きッス!」 何度もはぐらかされ、其の言葉を意図しない方に捉えられたり、成就しないかと思われたが、意地になって食い下がると漸くお付き合いを認めてくれた。 そんな事が有ってから一週間弱が経った。 一応切原は真田の恋人と言う立場なのだが、其れに相応しい出来事は皆無だった。強いて挙げれば、勉強を見てやると言われて真田邸に上げてもらった事くらいだ。しかし其の程度の事は友達でも可能な範囲で、切原は恋仲にしか許されない展開を期待して居たのだ。 ─キスはおろか、手も繋いだ事無えよ…思ってた以上にガード硬すぎっしょ。 切原は真田の着替える後ろ姿を見ながらぼんやり思った。 最近の日課は、せめてもの…と思って真田の帰りを部室で待ち、どうせバス停で別れると分かって居ながら帰路を共にする事である。 ─そりゃ、そんなすぐに何かしようとは思って無えけど…。 切原は深くため息を吐いた。 「どうしたでかいため息吐いて…ほら、帰るぞ」 真田は制服姿で切原の肩を小突いた。 「うぃーす…」 そんな奥手な彼を好きになった事は自分でも重々承知して居た。 明くる日、切原がコートで桑原にじゃれ付いて居ると、真田が其の様子をじっとりと見詰めて来た。何時ものように怒鳴られるだろうと、切原はいそいそと其の場を離れた。 しかし真田は視線を逸らすだけだった。 其の日の放課後、真田が試合してくれると言うから、切原は大喜びで居残る。 勿論試合は切原の惨敗だったが、二人だけの此の状況も悪く無いと思った。 「副部長、も一回!」 ネットの向こうで真田が鋭い目を細める。呆れて居るのだろうか。 陽は延びて来たが、此の時間になればまだ肌寒い。薄暗い中、其の瞳はいやにギラついて居た。 真田は無言で踵を返した。 冷徹な背中は誰よりも強い信念を秘め情熱を燃し、揺るがない強さを湛えて居る。其れを知ったから、彼に夢中なのだ。 「副部長、試合しましょ…」 「しない」 こちらを振り向きもしない。 「……してくんないと、キスしますよ?」 真田は足を止める。 「勝手にしろ」 其れだけ言って、コートに背を向けたまま歩き出した。 ─何それ…しても良いって事? 切原は小汗をかいた身体が熱くなるのを感じた。 +++ 真田より少し遅れて部室に入った切原は、赤い顔で真田の背中を睨み付けた。 八つ並んだロッカーの両端でそれぞれ着替えを始める。 真田は元から口数の少ない奴だ。此の時は切原が先刻の自分の言葉と真田の態度に妙に緊張し、彼もまた無言になって居た。 切原は横目で真田を窺って見る。仏頂面をして黙々と着替えて居る。 ─アンタ、本当にキスしたらどうなんの? そんな事、あの確率が好きな先輩でさえ予測つかないだろうなと切原は思った。 「真田副部長…」 ゆっくりとこちらに向いた真田に駆け寄る。羽織ったシャツの釦を掛ける真田の手は休んで居る。 「何だ」 「俺、本当にアンタの事、好きッスよ」 「…然うか」 真田は淡白に其れだけ言った。 切原は何か堪えたように癖毛と伏せた睫毛をふるふる震わせたかと思えば、唐突に顔を上げ、真田の襟を掴み其の唇を掠めた。其れだけで切原の顔は真っ赤になった。 気まずそうに顔を離し、真田の様子を小さく窺った。真田は眉一つ動かさず、切原を見詰めて居た。心成しか何時もより厳しく見える。 切原は胸の高鳴りが後悔の念で鎮まるのを感じながら、顔を逸らした。 「おい…」 真田の堅い手が切原の右頬を包む。目線だけで真田を捉えたかと思うと、唇に噛み付かれた。何時もは強く結ばれた男らしいあの唇が、切原の唇を貪って居る。 「ううっ…」 切原は思わず仰け反る。真田の手が切原のうなじと腰を支え、合わさった身体をしならせ、絵画のようなキスを味わう。 されるがままになって居ると、舌を差し込まれた。切原はあまりの急な展開に抵抗すべく真田の肩を拳で叩いた。 然うして、漸く真田は顔を離した。唾液に濡れた唇が、真剣な彼の目付きとは裏腹に、尋常でない出来事の証として、切原の身体を熱くさせた。 「我慢が難くなる…」 「は?」 また真田の唇が切原を襲う。切原が強く目を閉じると、真田の手が探るように切原の腰辺りを撫で始めた。 「ふ…?」 唇を塞がれては息をするのもままならない。 真田の手はポロシャツを捲って切原の脇腹を擦った。 「く、うぅ…」 段々と中へ侵入する真田の手に堪え切れず、切原は力が抜けて尻餅をついてしまった。真田は構わず、座り込んだ切原に覆い被さるようにしてまた口付ける。更に、広い掌は切原の腿を擦った。 「ち、ちょっと!真田副部長っ」 真田の肩に手を付いて、腕を突っ張った。しかし真田の掌は切原のハーフパンツに差し込まれたままである。 「何だ…」 怒涛の攻め立てに切原の胸は早く鼓ち、此の少しの距離で漸く落ち着いて来た。 真田の黒い瞳を真っ直ぐ見詰め、今度は切原から唇を近付けた。乳を飲む赤子のように、ちゅうちゅう吸い付いた。 「まだ、キスだけで良いッス…」 切原は初々しく恥じらった。真田は少し眉をひそめたが、其の言葉を受け止めるように優しく口付けた。 +++ 其れ以来、乏しいと思われた真田の愛情表現は明るくなった。勿論二人きりでの話だが、そっと肩を抱いたり、さりげなく距離を縮めたり、キスをするのも躊躇しない。 此れは以前切原の望みだったが、叶うと違う物が興味になる。 切原は貞操の危機を感じて居た。件の日、真田が情欲にチラチラと炎を燃やして居たのを切原は知って居る。 切原は、いずれ訪れる二人で肌を合わせる姿を想像して、しばしば顔を赤くした。 次 |