色彩の蒼空。
心地のよい風が頬を撫でる。
空に目をやると、これまた清々しいほどの蒼空。
勿忘草色の、空。
ほぅ、と吐く息さえも青く染めてしまう、勿忘草色。
「ホントに今日、決行しちゃうんですか?」
「今日しかないだろう。これ以上の好機を逃してどうする。」
「あはは〜…ですよね、」
「…それに─」
─この勿忘草の空を、緋色に染めてみたいとは思わないか─
烏羽の髪を揺らして、男は形の良い唇をつり上げて笑った。
その男の名は、後に次の皇太子を意味する呼び名になる。
勿忘草を映した濡れ羽の瞳は誰の姿を移すのか。
「皇子ー、どうするんですか。なんか今日雨らしいって訊いたんですけど。」
「知るかそんなもの。誰が言ったんだ。」
「そこにおられる壱伽さんです。」
「…何を根拠に言ったんだ。」
「だって!!私のいた世界ではそういうことになってるんですもん!!」
「1500年ほども時が離れてると食い違う歴史は結構あるんですね。」
優しげに細められた瞳をさらに細めて、くすくすと笑う男は浅蘇芳の髪を揺らして首をかしげる。
彼はかの有名な藤原道長の祖先となる男。
儚げに歪ませたその唇、何を想って微笑むのか。
「ふふーオレ頑張りますよー!この日のために女官20人口説きました!!」
「馬鹿か…全部失敗してるくせに。」
「あたしまで視野に入れるなんてねー。父さんに言っといたから!!」
「まじか!?」
後ろでくくった鬱金の髪を揺らして、男は白い肌を仄かに紅く染める。
その瞳は驚愕に開かれた、韓紅。
対する韓紅を後ろでくくった男は、唇をへの字に曲げて鬱金の髪を睨む。
猫のような鋭い瞳、それは男の鬱金を移したような、鮮やかな鬱金。
「父さん…?そう言えばお前、山田麻呂がこちらへは来ていないようだが、」
「あぁ、父さんですか?多分うちで吐いてると思いますよ。ほら、あの人緊張とかに弱いから。」
「……本格的に心配になってきたぞ。」
紅海老茶の髪を揺らして「冗談ですよー」と笑みを浮かべる女。
にやにやとした笑みを浮かべながら空を見上げる。
女の瞳は、勿忘草に耀いた。
「─…時は来た!作戦は今日決行だ。失敗はどんなことでも許されない。」
「はい。」「はーい。」「…はい、」「はぁい。」
「そこで小麻呂は網田と一緒にもう一回攻撃を実践してみてくれ。網田、小麻呂を補助するのはお前の役だ。」
「はぁい!」
ぴょんぴょんと太陽のような鬱金を跳ねさせる男の名は、佐伯小麻呂。
「御意。」
ふわりと風に韓紅をなびかせる男は、葛城稚犬養網田。
二人の髪を勿忘草に透ける太陽が照らした。
「遠智!お前は一回自宅に戻って山田麻呂に文を読ませる練習をさせてきてくれ。」
「わかりました。」
紅海老茶の髪を指先で弄りながら、女─蘇我遠智は笑んだ。
彼女の顔に勿忘草の影が射す。
「──そして鎌足は……最終調整を頼む。」
「了解致しました。」
目にかかった浅蘇芳の前髪を首を動かして払い、にこりと笑うは中臣鎌足。
彼の唇は先程の儚さとは違い、嘲笑を含んだ笑みを見せていた。
そんな彼の浅蘇芳も、勿忘草に透かした太陽を受けて勿忘草に煌めいた。
「………壱伽、全ては先を知るお前にかかっている。」
烏羽の絹のような髪を風に乱れさせながら濡れ羽の瞳で見つめてくるのは中大兄皇子。
緊張をしているのか、唇を噛み締めて睨むように見つめてくる。
そんな彼の朝服は、薄い勿忘草。
「…私に出来ることならなんだってやりますよ!」
私の手で歴史を変えてみるってのはちょっと楽しみでもある。
眼鏡をあげて私─桧原壱伽はにやりと笑ってみせた。
「………あ、」
不意に頭上が暗くなる。
勿忘草が薄墨に変わり行く。
勿忘草の空には、薄墨色の雲が翳っていた。
「…伊達に私、日本書紀読んでませんよ?」
こっちを見てくる皆にウインクをすると、私はこれ見よがしに日本書紀を広げて見せた。
青、蒼、碧に滲むのは、
──────────────
ってことで時系列的には乙巳の変の当日、なんかリハーサル的な感じの時です。
いっぱい人出してみたんですけど、読みづらかったでしょうか?
和色もいっぱい出てきてるしね…紹介しときます。
背景→勿忘草色
緋色■
烏羽■
濡れ羽■
浅蘇芳■
鬱金■
韓紅■
紅海老茶■
薄墨色■
髪色がファンタジーなのは仕様。
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