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タケル+賢


※タケヒカ・賢京 前提





「賢ちゃん、電話よ」
「え」
「高石君から」
「……えぇ?」



不安を取り除いてください




「突然呼び出してごめんね?」
「いや、それはいいんだけど……」
 呼び出された先の喫茶店で、向かい合わせに座る彼に、なんとなく気まずさを感じて、取り敢えず間を繋ぐべく珈琲に口を付ける。

「でも、突然掛かってきたから驚いたよ」
「うん、ごめん。ちょっと話を聞いてもらおうと思って」
「話……」
「うん」
「えーっと、それは僕でいいの?」
「もちろん!」
「僕でなくてもいいの?」
「え?」
「いや、別に僕でなくてもい「え?」……わかったよ」
 ありがとうと微笑む彼に苦笑いを返す。彼―――高石タケル君とは小学5年で出逢ってから、なんだかんだありつつ中学に上がってからも時々連絡を取っていた。今春から同じ高校に進学したこともあり、お互いにずいぶん打ち解けた……というと聞こえがいいが、遠慮がなくなって、若干図々しくなったという方が正しい気がする。

「というか、なんで家? 携帯鳴らしてくれたらいいのに。何事かと思った」
「だって一乗寺君、この前居留守使ったでしょ」
「あれ、バレてたの?」
「掛け直してこなかったから」
「あぁ、なるほど」
 僕は、気付かなかった着信にはだいたい折り返しの電話をするようにしているから、彼はそれでわかったらしい。確かに先日、彼からの着信を横目に見ながら、見なかったことにした。なぜってそりゃあ嫌な予感がしたからなわけだけど……

「せっかくヒカリちゃんとのデート話を聞かせてあげようと思ったのに!」

 実に正しい直感と判断だった。高校に入った辺りから、高石君はたびたび彼の恋人であるヒカリさんとの話を僕に聞かせてくる。ノロケ話だったり愚痴だったり、悩み相談だったりと様々だが、此方としては溜め息しかでない内容が多いので、最近では適度にスルーしていた。まさか家に電話してくるとは誤算だった。

「ヒドいよ、一乗寺君。僕はこんなに君を頼りにしているのに!」
「えぇー……信頼が重い」
「なんっでそんなこと言うのさ!」
「いやだって、高石君の話って高石君の考えすぎって場合がほとんどだし、ノロケ話に至っては「一生やってろ」の一言に尽きるし」
「うぅ、一乗寺君の薄情者ー! 優しくしておいて最後には僕を捨てるんだね! なんて酷い男なんだ……!」
「人聞きが悪い。あと声が大きい」

 まったく、酷い男はどっちだ。まばらとはいえそれなりに客のいる喫茶店で、わざと誤解されるような言い回しをする彼の方がよっぽどあくどい。テーブルに突っ伏してさめざめと泣く(振りをしている)高石君に、ひとつ溜め息を零して口を開く。

「わかったから。話があるんだろ? 聞くから、とりあえずその小芝居やめて」
「実はこの前さ、」
「切り替え早っ!」
 間髪入れず話し始めた高石君に思わず突っ込んでしまう。結局のところ、彼は僕の性格をよくわかっているのだ。最終的には必ず話を聞くハメになるのだから。

「ほら、近隣の高校とうちで運動部の合同試合みたいのあったでしょう?」
「あぁ、なんかあったかも」
「あれ、僕もバスケ部で参加しててさ」
「へぇ、試合出たの?」
「うんまぁちょこっとね」
「それなら見に行けば良かったな」
「え、ダメだよ、一乗寺君に見られてたら照れて集中できない」
「なんでだよ」
「冗談だよ」
「当然だよ」

 ふー、呆れの籠もった溜め息を吐いて、テーブルに付いた肘に片頬を乗せる。長くなりそうだし珈琲の追加注文でもしようかな、なんて考えているところに向かいから声が掛かる。

「一乗寺君、疲れた?」
「……大丈夫」
 下がり気味の眉尻に少しばかり上目使いで、心無し小さくなった声調で小首を傾ける。あぁもう本当に。そんな不安そうに尋ねられたら無碍にもできないじゃないか。しっかりしているところもある彼だけど、こういう仕草はやっぱり弟だなぁと思う。いや僕も弟だけど。

「それで、合同試合がどうしたの?」
「あ、うん、その試合ね、サッカー部もやってて。僕、自分の部は早めに終わったから見に行ってみたんだ」
「うん」
「そしたらちょうど試合してたんだよ、彼が」
「彼って?」
「……大輔君」
「あぁ」

 高石君が言う大輔君とは、僕たちの共通の友人の1人だ。高石君と同じで小学5年の時に知り合い、今は僕たちとは違う高校に進学しているが、変わらずサッカー部で活躍しているらしい。

「本宮がサッカーしてるのは別におかしくないよね?」
「うん、それがね、改めてサッカーしてる大輔君を見たらさぁ」
「うん?」
「なんかすごく格好良かったんだよね」
「……はぁ?」
 ぐたりと力無くテーブルに倒れ込む高石君に、その発言が全くもって理解出来ずに間の抜けた相槌を打つ僕。

「サッカーしてる本宮が……なにって?」
「だから! 格好良かったんだよ! どうしよう一乗寺君!」
「はぁ、そう……いや、どうって、何が?」
「あんな格好良かったらヒカリちゃんが惚れちゃうかもしれないじゃないか!」
「あぁ、そうか、うん……。いや、それはないんじゃないかな」
「わっかんないでしょ!?」
「ちょっと落ち着こうよ」
 今にもテーブルを乗り越えて此方に向かってきそうな高石君を、両手で制する。彼の恋人である八神ヒカリさんは、この春、本宮と同じ高校に進学したのだ。しかも偶然、同じクラスになったらしく、必然的に一緒に過ごす時間は多い。とはいえ、高石君の発想は極端だろう。

「高石君は心配しすぎだよ」
「一乗寺君は彼女が同じ学校だからわかんないんだよ、僕がどんなに不安か!」
「……あのねぇ」
 大半が八つ当たりだろう高石君の発言に溜め息を零しつつ、少しだけ苛立ちを覚える。

「確かに京さんとは同じ学校だけど、学年が違うし、四六時中、一緒にいるわけじゃないだろ」
「それはそうだけど……」
「僕だってそれなりに不安を感じることくらいあるよ? でも彼女のことが好きだし、彼女もそうだって信じてる」

 僕の反論に高石君が言い淀む。
 僕の恋人である井ノ上京さんは、この春から同じ高校の先輩だ。学年も部活も違えば、高石君ほどではないにしろ会える時間は少ない。

「むしろ同じ学校に居るのになかなか会えない僕の気持ち、高石君にわかる?」
「う……」
「高石君の不安もわからなくはないけどね、君はヒカリさんの気持ちを信じてないの?」
「それは、まぁ」

 ―信じてはいるつもりだけど。
 続いた高石君の言葉は物凄く小さくて、ここが静かな喫茶店でなければ聞き取れなかったかもしれない。

「頼りないなぁ」
「うー」
「なんでそんなに自信なさげなの? サッカーしてる本宮が格好いいのは認めるとしても、バスケしてる高石君だって格好いいよ?」
「だって僕がバスケしてる姿、ヒカリちゃんは見れないじゃないか」
「試合に呼べばいいだろ」
「他校生が見に来れる試合と、同じ高校でやってる普段の部活じゃ、どう考えたって部活の方が有利でしょ」
「えぇ? もうそんなこと言い始めたらキリがないよ?」

 うじうじといつまでも煮え切らない態度の高石君に、だんだんと棘のある言い回しになってしまう。

「だいたい、そんなに不安なら僕なんかに会ってないで、今すぐヒカリさんのとこに行けばいいだろ」

 半ば投げやりに言った僕の提案に、それができたら苦労しないだのなんだのと高石君がゴネる。その様子に、このままでは埒があかないと判断して、僕は携帯電話を取り出した。

「一乗寺君?」
「ちょっと電話するから待って」
「え、このタイミングで?」
 唐突に電話を掛け始めた僕に困惑しつつ、高石君は静かに僕の様子を見つめる。一応、気は遣っているらしい。

「あ、もしもし。京さん? いきなりすみません」
 数回のコールの後、電話に出た女性、もとい京さんに、ひとまず突然の電話を謝る。どうしたのと尋ねる彼女の声を聞くだけで、先ほどまでの疲弊した気分が紛れるのだから恋というのは偉大だ。あぁ話が逸れた。

「京さん、今日ヒカリさんと会うって言ってましたよね?」
「えっ!?」
「高石君うるさい」
「ご、ごめん……っていや、でも!」

 あたふたと慌てる高石君を無視して、京さんとの会話に意識を戻す。

「ちょっとヒカリさんに確認したいことがあって、聞いてみてもらえますか?」
「ちょっ、一乗寺君!? 何を聞く気!?」
「サッカーしてる本宮はかっこいいと思「わあぁぁーっ!」……高石君うるさい」

 ものすごい勢いでテーブルに片手を付いた高石君の傍で、置かれていた食器がぶつかり合う音が響いた。しかし高石君はそんなことを気にする余裕もないようで、慌てた声で叫びながら空いている方の手で僕の口を押さえようと身を乗り出してくる。
 耳の近くで大きな声を出されて少し苛立った僕は、そんな高石君の口を逆に手で押さえて黙らせると何食わぬ顔で電話を続けた。

「すみません京さん、うるさくて。……え? あ、はい、わかりました。……高石君」

 もごもごと、声は出せないながらも往生際悪く文句を言い続ける高石君に携帯電話を差し出す。いきなり電話を渡されてキョトンとした様子の高石君は、困惑した顔で首を傾げた。

「高石君に代わって欲しいって」
「え」
「ヒカリさんが」
「え!?」

 ヒカリさんの名前を出した途端に、高石君は慌てて電話口へと声を掛ける。続いて見えもしないのにペコペコ頭を下げながら平謝り。察しのいいヒカリさんのことだから、僕の質問で大方の状況を理解したのだろう。きっと「馬鹿ね、タケル君」って叱られているんだ。電話の向こう側で、仕方ないなって苦笑しながら。そこに含まれているのは怒りなんかじゃなく、愛しさなんだろう。
 なぜならば

「うん、うん、ごめんね。ヒカリちゃん。許して?」

 こちら側で謝る高石君は、はにかんだように笑っている。その顔は、叱られているはずなのになんだかとても嬉しそうだから。


(ほら、やっぱり高石君の考えすぎじゃないか)

 ふぅと小さく息を吐いてメニュー表に手を伸ばす。一生やってろ、と心の内で毒づいて追加注文すべく店員を呼んだ。


「とりあえず今日は高石君の奢りだよね」

 目の前で幸せそうに電話を続ける高石君を見ながら、僕も少し笑った。




クリスマス・ローズ




あきゅろす。
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