[携帯モード] [URL送信]
2013.08.01(タケル×ヒカリ)
 繰り返し繰り返し思い出を引っ張り出しては、忘れないようにと心に刻み込む。その行為こそあの夏の記憶が薄れかけている証拠だなんて、本当はもうとっくに気がついているのに。



「ヒカリちゃん?」
「あ」
 呼びかけられた声に反応して顔を向けると、爽やかな微笑みを携えた男の子がいた。

「タケル君」
 もうすっかり呼び慣れたその名前は目の前の男の子のもの。名前を呼ばれた彼はニコニコと笑みを絶やさないまま、私の近くへと歩を進める。

「さっきぶりだね」
「ふふ、そうね」
 彼の言う通り、彼と私を含む数名で14年前の今日を懐古しつつ過ごしたのは、ほんの1時間ほど前だ。みんな明日があるからと帰って行くのに紛れて、私も彼も家へと向かったはずだった。

「帰ったんじゃなかったの?」
「ヒカリちゃんこそ」
「私は……なんか帰る気になれなくて」
「そっか」
 タケル君が私の隣に立つ。あの頃、私よりも低かった彼の身長は、とっくの昔に私を抜かした。夜でも輝く金色の髪はサラサラと風になびいて綺麗。妙に馴染む距離感に、あぁそういえば私と彼はこうして隣に並ぶことが多かったなぁなんて思いながら、ぼんやりと彼を見つめていると、突然、視界が塞がれた。

「見過ぎ」
「……」
「照れるでしょ」
 多分、彼は今顔を赤らめているのだろう。彼の手によって遮られた視界では、推測するしかできないけれど。

「タケル君、手」
「あ、ごめん今どけ……」
「大きくなったね、男らしい手になった」
 私の目を覆っていた彼の手が退けられると同時にその手を掴んで言えば、彼は少しの間を置いた後に、顔を真っ赤に染め上げてそっぽを向いてしまった。ご丁寧に片手で顔を隠して。

「わざとだね……ヒカリちゃん、わざとやってるでしょ」
「えぇ? 何のことかわからないわ」
「……っ意地が悪い!」
 そんな風に悪態をつきながらも、私が掴んでいた方の手を、彼がそっと握り直してくる。

「言っとくけど、ヒカリちゃんの方から先に繋いできたんだからね!」
「え、うん、別にいいけど……」
 顔を覆う指の隙間から、ちらりと此方に目線を送ると、照れ隠しなのか彼がそう言う。そんな彼に返事をしながら、素直なんだかなんなんだかと心の中で苦笑した。

 * * *

「そういえばタケル君はどうしてあそこに来たの?」
 家まで送ってくれるという彼の言葉に甘えて、ゆっくりと帰路を歩く。たわいもない話の合間に、ふと疑問に思ったことを口にした。

「ああ、うん……なんていうか、ヒカリちゃんが、居るような気がして」
 キュッと繋いでいた手に力が入る。隣の彼は前を向いたまま歩き続けていて、それ以上は何も言わなかった。

「超能力か何かかしら?」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ私を迎えに来てくれた王子様かな?」
「それもなんか……っていうかヒカリちゃん、また僕をからかってるでしょ」
「バレた?」
「そもそも隠す気ないよね」
 はぁ、と呆れたような溜め息を吐く彼を見ながら、少し茶化し過ぎたかと反省する。謝っておこうかと口を開きかけたものの、続く彼の言葉によって遮られた。

「強いて言うなら『勘』かな」
「勘?」
「うん。ヒカリちゃん、今日ずっとぼんやりしてたし」
「え、そう?」
「気付いてなかった? 何かに思いを馳せてるみたいな、ふと考え込むみたいな、そんな感じ」
 まぁ他の人は気付いてないかもだけどね、そう付け加えて彼は小さく微笑んだ。

「そう……」
 呟いて、俯く。自分でもほぼ無意識だったのだけれど、随分と感傷的になっていたらしい。ふと視線を感じて顔を上げると、心配そうに此方を見つめる彼の目。大丈夫だという意味を込めて微笑んで見せると、少し安心したように彼も笑った。

「ねぇ、タケル君はもしも」
 問い掛けた私の言葉に、彼が首を傾げる。

「もしも、あの頃に戻れるとしたらどうする?」
「え?」
 彼は私の問いを聞くと、ポカンとした様子で此方を見つめてくる。私の真意を汲み取ろうとしているようにも見えれば、ただ単純に戸惑っているようにも見える。ちょっと突飛すぎたかな、と思いながら敢えて言葉を補うことはせず、彼の言葉を待った。

「あの頃って……あの頃?」
「うん」
「あの、夏の?」
「そうよ」
 肯定すれば、黙り込む彼。繋いでいない方の手を口元に添えて、じっと何かを考え込んでいる。

「戻りたいかって言われたら、」
 長い沈黙の後、静かに彼は切り出した。

「戻りたい」
 たった一言、その彼の言葉が私の胸を刺す。ああやっぱりそうなのね、彼もそう思っていたんだ。輝く過去へと引っ張られそうな私を、しかし続く彼の言葉が呼び戻す。

「でも、戻らない」
「えっ?」
 投げ落とされた台詞に思わず顔を上げる。そんな私に気付いて彼が此方を向く。驚いた顔をする私に、彼はほんの少し寂しげに笑って、話しはじめた。

「あの頃に戻れたらな、って思ったことがないって言えば嘘になるよ。あの日々はいつまでだって特別だ」
 思い出に浸るように語りながら、彼は拳を胸元へと当てる。

「だけど、僕たちは前に進まなきゃいけない。あの夏は確かに輝いていたけど、それはきっとみんなが前を向いていたからなんだ」
 胸元に置いた拳を、彼がギュッと握り締める。自身に言い聞かせるように、何かを決意するように。

「あの頃の僕たちはみんな、立ち止まってしまいそうな今を抱えながら、それでも未来を見つめてた」
 彼の言葉に思いを馳せる。あの頃、私たちは必死だった。明日どうなるかもわからない、家に帰ることができる保証もない。だけどみんな信じていた。その先の未来を。

「僕らが今生きている日々は、あの頃に比べれば平坦でつまらない日々に思えるかもしれないけど。それでもやってることは同じさ」
 胸元の拳を緩めて、その手が悪戯っぽく私のほっぺたをつつく。何をするのかと不満な顔をしてみせると、彼は楽しそうに笑い声を漏らした。

「ほんとはとっくにわかってるんでしょ? ヒカリちゃん」
「なにを、わかってるっていうの」
「前に進まなきゃいけないんだってことだよ」
「……」
「僕は、例えあの頃に戻る術があったとしても、きっと戻ることは選ばない。ヒカリちゃんだってそうじゃないの?」
 彼の問いかけに即答できずに黙り込む。あの頃に戻るか、戻らないか。もしもそんな選択肢が本当にあったら、私はどうするのだろう。

「ヒカリちゃん。今を生きることは、過去を棄てて行くことじゃないよ」
「!」
「あの夏の記憶は薄れてしまっても、今ここにいる僕たちは確かにあの夏を過ごした僕らなんだから」
 だってそうでしょう? そう言って彼が繋いだままの私の右手を引いて、私の視線の高さまで掲げて見せる。

「あの夏が無ければ、僕ら今ここでこうしてないんじゃない?」
「それは、そうだけど」
「それじゃ不満なわけだ」
「そんなこと言ってないでしょう!?」
「じゃあいいじゃない」
 ふっと彼が微笑む。


「あの夏が、消えるわけじゃないんだからさ」


「タケル君……」
「というか消させないしね。何のために僕が文学勉強してると思ってるの?」
「あ」
「何その今思い出したみたいな反応」
「べ、別にそういうわけじゃないけど」
「はぁ……まぁいいけどさ」
 小さく溜め息をついて、彼が恨めしげに私を見据える。

「それにさ」
「?」
「あの頃に戻って、またヒカリちゃんを見上げるのなんて僕ごめんなんだけど」
「え?」
 彼の言葉に動揺する私を尻目に、彼は掲げたままだった私の右手を口元に寄せると軽く口付ける。

「ちょっ、タケル君!?」
「けっこう気にしてたんだからね!」
「な、何が」
「身長!」
「は……」
 そう言うと、恥ずかしいのか頬を赤らめて、あさっての方向へと視線を逸らす彼。突然の彼の行動にキョトンとしていた私も、時間の経過と共に状況を理解して思わず吹き出した。

「ちょっと! 笑うとこじゃないでしょここは!」
「だって、タケル君ったらキザったらしい行動のわりに、言ってることかわいい……」
「か、可愛いって! 僕は本気で、っていうかキザったらしいも何か嫌だ!」
「ふふ、確かにそれなら戻るわけにはいかないわねー」
「あーもうっ! ヒカリちゃん本当に意地が悪い!」
「あはは、ごめんごめん」
 繋いでいた手を離して、指と指を絡めて握り直す。いわゆる恋人繋ぎというやつ。

「私も、前に進むことにするわ」
 そう言って彼を見上げると、少し驚いたように目を見開いて、やがて穏やかな顔で微笑んでくれた。




 繰り返し繰り返し思い出を引っ張り出して、その度に今を積み重ねて行こう。あの夏の記憶は薄れても、私たちが前に進む限り、積み重ねたその奥であの日々は光り続けるから。

.+appy*emorial+.





あきゅろす。
無料HPエムペ!