賢×京
今日、恋を失いました。
唐突に。何の脈絡もなく。彼女はそう言った。
あまりに突然の告白に、僕は思わず言葉を失ってしまう。そんな僕の様子を吟味するかのように眺めて、彼女は切なげに瞼を伏せた。
「好きな人が居たのよ」
彼女の言葉が僕の胸に突き刺さる。失恋したということは、当然の如く想い人がいる。わかっていても、彼女の口から聞くのは苦しいものだ。
「学校の帰りにね、たまたま見かけたの。だから声をかけようとしたんだけど……」
フッと彼女の表情に影が射す。眉根を寄せ、唇は笑みの形を描いているけれど、その笑顔は誰が見たって痛々しかった。
「彼の隣に、とっても可愛い女の子がいたのよねー」
参っちゃうわ、とわざとらしく笑い声を上げて彼女が言う。
「京さん……」
「楽しげで、私と居る時と全然違うのよ。私なんかよりずっとお似合いで……」
「そんな、京さんだって素敵ですよ」
「……っ! 嘘ばっかり!」
「嘘なんかじゃ、」
「う……」
耐えきれないというように、彼女の目から涙が溢れ出す。僕はそれをどうしていいかわからずに、ただオロオロと彼女を見つめていた。
「ごめん、違うの、ごめんね」
「京さん」
「違うの、失恋がツラいんじゃなくて、いやツラいんだけど、そうじゃなくて」
泣きながら、それでも彼女は必死に言葉を紡ぐ。
「それでも諦められなくて。彼をカッコイイって、好きだなぁって思っちゃう私がバカだなって」
「バカだなんて、そんなこと」
「まだ好きなの……」
「……」
「大好きなの……」
哀しげな響きの中に、隠しきれない愛しさを含んで、彼女が恋心を吐き出す。僕は抱き締めたくなる衝動のまま彼女に手を伸ばしかけ、止める。僕が抱き締めたとして、彼女にとっては何の意味もないじゃないか。
「ごめんね、賢君。こんなこと言われても困るよね」
「いえ……」
少し落ち着いたのか、寂しげに微笑んで彼女が言う。
「京さんのツラい気持ちは、僕も分かります」
「え……?」
一方通行な想いは、受け止めてくれる人もいないのにどんどん膨れ上がっていく。いつか届けとずっと大事に持っていたのに、それがもう届くことはないと知ることが、どんなに苦しいことか。
「僕も、同じです」
「賢君……?」
僕はキチンと笑えただろうか。彼女を見つめて、言葉を紡ぐ。
「僕も、たった今、恋を失いました」
彼女が目を見開く。言葉をなくしたように、ただ呆然と僕の突然の告白を受け取って。
「すみません、こんなこと言われても困りますよね」
「……え? あ、ううん、違うわ。そのビックリしたっていうか、」
「そうですよね……すみません。今、京さん、それどころじゃないのに」
「あ、あの、そうじゃなくてね?」
「え……?」
どうも噛み合ってない会話に、互いに首を傾げる。
「えーっと、その、つまり賢君は、その……私のことが、えっと」
「あ、はい、その」
改めて自分の言ったことを思い出して一気にカァッと顔に熱が集まる。
「す、好きなんです。京さんのこと」
「……賢君」
「あ、あの、でも本当に気にしなくていいですから!」
「賢君」
「別にそれ以上なにかとか考えてな、」
「賢君!」
遮るように彼女が僕の名を呼ぶ。思わず言葉を呑み込んで、僕は彼女を見つめた。
「私も賢君が好きよ」
「……え……えぇ!?」
二度目の突然の告白に、今度は絶句することなく、心のままに叫ぶ。
「え、え、ちょっと待ってください。だって京さんは」
「うん、失恋したのよ。賢君に」
「な……」
「今日、一緒に居た子、彼女じゃないの?」
「今日……?」
自らの記憶を辿って、彼女の言う人物を探し当てる。
「あ、あの子は違いますよ! 友人の恋人です。恋人のプレゼント選びに付き合ってくれって言われて、それで」
「だって、とっても楽しそうだったから……」
「それは、京さんのっ」
「え」
「あ……いや」
カッと、今度は顔だけじゃなく、全身に熱が走る。
「私の、なに?」
「京さん、の、話をしてたから、で……」
「……」
「僕の、好きな人を聞かれたから……」
だんだんと声のボリュームが下がる。と同時に、彼女を見つめていられなくて目を逸らす。
「あ、あの……」
控え目な彼女の声が聞こえて、チラリと彼女の方へ視線を戻して、次の瞬間に僕は目を見開いた。
「ごめんね、嬉しくて」
彼女は顔を真っ赤にして照れながら、その瞳には涙が浮かんでいた。
「京、さん」
衝動のままに。今度は躊躇うことなく彼女に手を伸ばし、抱き寄せる。
「京さん、好きです」
「うん、私も。私も賢君が好き」
ギュッと抱き締め返してくる彼女が愛しくて、通じた想いが嬉しくて、僕はそれから随分と長い時間、彼女に愛を囁き続けた。
甘い恋
今日、恋を失いました。
(アナタへの一方通行な恋を)
シクラメン
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思いの外、長くなってしまった。ありきたりなネタだけど、賢京はこういうのが似合う気がする。
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