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ヤマトとタケル
「兄さん、お願い!」
 パチンと両手を顔の前で合わせ、眉を下げて、じっと兄を見つめる。久々に口にした言葉は、それでも昔と変わらない威力を持つようで、呆気に取られていた兄の表情はすぐさま笑顔に変わる。

「なんだよ、急に」
 不思議そうに、しかし機嫌良さげにそう言いつつ、家の中へと僕を招き入れる兄。それに従って、家に入ると、リビングへと通された。

「お茶でいいか? それともココアでもいれるか?」
 甲斐甲斐しく世話をする姿は昔から変わらない。小さく苦笑いしてから「お茶でいいよ」と返事をすると、簡単な了承の声と共にカチャカチャと陶器を扱う音が聞こえた。

「ほら」
 ほんのしばらくの間の後に、目の前の机に出された2つの湯のみ。そのうちの1つを受け取って、少し口に含めば、お茶独特の渋みが広がった。うん、おいしい。

「で?」
「ん?」
「頼みってなんだ? タケルが俺に頼みごとなんて久々だな」
「うん、兄さんしか頼れる人いないと思って」
 別段、深い意味があって言ったわけではないものの、その言葉に兄は気を良くしたらしく、言ってみろと先を促す。

「お菓子、作り……教えてくれない?」
「……え?」
 少なからず小さな声だったから上手く聞き取れなかったのか、予想外の言葉に耳を疑ったのか、首を傾げて兄は聞き返す。

「だからさ、その……ホワイトデーのお返しにさ、作りたくて……」
 ぼそぼそと言い訳するみたいに答える僕をまじまじと見つめていた兄は、やがて「なるほど」と溜め息をついた。

「タケルに彼女か……」
「かっ、彼女じゃないよ!」
「彼女へのお返しでもないのに、わざわざ手作りするのか?」
「うっ……それは……!」
 決して問い詰めるわけではないけれど、逃げ場をなくすような兄の質問の仕方に、思わず言葉に詰まる。

「告白……されて。バレンタインに……だからっ」
 ホワイトデーに返事をしようと思っている。どうせならお返しにも心を込めたくて、でもお菓子の作り方なんて知らないから、兄のもとを訪ねたのだ。でも、いざこの場に来て、それを兄に言うのは、些か恥ずかしくて口を噤む。

「……その子が好きなのか?」
 兄の言葉にかぁっと頬が熱くなる。いざ自分の気持ちを言葉にされると、どうも恥ずかしい。そう思いながらもコクリと頷いた。

「そうか……」
 噛み締めるように呟く兄をチラリと盗み見る。幸い、兄は窓の外を眺めていて、僕の視線に気付くことはなかった。

「兄さん」
 そっと呼び掛ける。僕の声に反応して、ゆっくり兄が此方を向く。その顔をしっかり捉えて、僕もゆっくり口を開いた。

「僕、本当言うと好きとか、よく……わからない」
 真正面に兄を見つめたまま、呟くように言葉を繋ぐ。

「だけど、彼女と一緒に居たいって思う。会えないと寂しくて、次に会える時を知らず知らず数えてるんだ」
 膝の上に置いた拳をギュッと強く握り締める。僕を見る兄の目は、今まで見たことないくらいに真剣だった。

「彼女が笑うと嬉しい。彼女が泣けば何とかしたいと思う。彼女が居なくなったら不安で仕方なくて……もう、狂っちゃいそうだよ」
 僅かに自嘲を含んで笑えば、兄も気まずげに視線を揺らした。こんな僕を、兄はどう思っているのだろう。

「ねぇ、兄さん」
 僕の言葉に、兄はピクリと反応を示す。



「怖いよ」



 僕のその一言を境に、しんと部屋が静まり返る。しばらく何事かを考えるように俯いていた兄だったが、やがて長い溜め息と共に顔をあげた。



「大丈夫だ」


 そう言って、兄は笑った。


「大丈夫だよ、タケル。心配しなくていい」
 力強く、しかし優しく。ずっと頼りにしてきた、小さい頃からずっと。その声に、その笑顔に、僕はどれだけ力を貰ったのだろう。

「……っ」
 知らず堪えていた涙が溢れ出す。きっと僕は、兄に聞いて欲しかった。格好悪い僕でも、優しく受け入れてくれる兄に縋って、大丈夫だって背中を押して欲しかったんだ。

 好きだって、その想いを認めてしまったら、僕はきっとそれ以上を望んでしまうから。その度に僕は、父や母のように、互いに傷つき合う未来を憂えてしまうから。そんな自分が嫌で、誰かに助けて欲しくて、受け止めて、欲しくて。

「っ、……兄、ちゃ……」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙を、袖口で拭う。ああなんて格好悪いんだろう。頑張って背伸びしてもまだ足りない。兄さんの方がずっと背が高くて、きっと僕よりも色んな物が見えるんだ。

「バカ、泣くなよ」
「だって、」
「相変わらず泣き虫だなぁ、タケルは」
「……子ども扱いしないでよ」
 フッと優しく笑って、兄さんが僕の頭を撫でる。

「お菓子、作るんだろ?」
「……うん」
 そう言って台所に向かう兄の背中を追い掛けながら、小さく呟く。

「ありがとう」
 恥ずかしいから、面と向かっては言えないけど。



遠い記憶




それがいつも僕の背中を押してくれる





クロウエア



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Thanks*whiteday++
たまにはヤマトを頼れる兄として書いてみようかな、みたいな。



あきゅろす。
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