光子郎×ミミ
急に、不安になることがあるの。
いつも、いつまでも一緒に居られるかわかんないし、あなたの心を射止め続けることができるかもわからない。
変わり映えのしない毎日に、わけもわからず不安になるの。
「……倦怠期ってやつかしら」
ぼそりと呟いた私の言葉に、目の前で珈琲を煎れていた彼が手を止めた。
「ミミさん」
出会った頃よりずっと低くなった声が、出会った頃と変わらない調子で私の名を呼ぶ。キッチンのテーブルに伏せったまま、視線だけ動かして、彼の声に応えると、真剣な顔の彼と目が合った。
「言葉の意味わかってますか?」
「……っ、失礼ね!」
ドン!
強い力でテーブルに拳をぶつける。その反動でテーブルの上にあるカップや砂糖入れがカシャンと小さくぶつかり合う。
「馬鹿にしないで! ちゃんとわかって使ってるわよ。嫌みよ、イ・ヤ・ミ!」
興奮気味の私に対し、彼は涼しい顔をしたままで。その様子に何だか妙に苛立ち、だけどどうすることもできなくて、ぷいと顔を背けた。
「へぇ……」
呟くように言う彼を、チラリと横目で見れば、伏し目がちに笑う彼が視界に入る。ずっとずっと見てきたはずなのに、私よりも何十倍も大人っぽい笑顔に、胸の奥が掴まれたみたいにきゅーっと締め付けられて。
「不覚だわ」
呟いた私の顔は、きっと赤い。
「光子郎君はずるいわ」
イスの上に体育座りになって丸まる。
本当はわかってるの。倦怠期なんかじゃない、私の気持ちの問題なんだって。光子郎君はいつも優しい。昔からずっと。わがままな私の側に居て、ずっと私を見ていてくれる、心から大切にしてくれる。
「でも、私の方がもっとずるい」
立てた膝の間に顔をうずめて、固く目を瞑る。
ずるい、私ずるい。今だって充分なはずなのに。だけど求めてしまうの。変わり映えのしない関係を、変えてくれる「何か」を。
「ねぇ、光子郎君……」
言ってよ、いつもみたいに優しく。この漠然とした不安を取り払ってくれる「何か」を。
「ミミさん」
優しい声が聞こえた。
大好きな人の、包み込むみたいな優しい声。いつだって、君の声に私の心は高鳴るわ。
「僕と居て、幸せですか?」
突拍子もない質問に、思わず顔をあげる。
「え?」
問い返した私の目の前に歩いてきて、彼は膝をつく。イスの上に体育座りのままな私の目線に合わせて、彼はもう一度口を開いた。
「僕はミミさんと一緒に居て幸せです。ミミさんは、僕と居て幸せですか?」
思わず唾を飲み込んだ。優しく、それでいて真剣な眼差しが私を見つめている。ねぇ、答えなんかずっと前から決まっているわ、わかってるんでしょ?
「当たり前、でしょ……!」
泣きそうな顔を見られたくなくて、顔半分を膝に埋めながら視線を逸らす。だけど、答える声は精一杯、彼に聞こえるように絞り出す。
「良かった」
安心したような言葉が発されたのと、大きな彼の手が私の左手を包み込んだのは同時で、薬指に違和感を感じたのはその少し後だ。ハッとして左手を見れば、嵌められたそれは、きらりと光を反射して輝いた。
「こ、これ……」
「ミミさん」
私の言葉を遮るように、光子郎君が私を見据える。
「僕はあまり愛情表現が得意な方ではないし、あなたの気持ちに細やかに気が付けるほどの度量もなくて、本当に申し訳ないと思っています」
すまなさそうに笑う光子郎君に、とっさに首を振る。それでも否定しようとした言葉は、また彼によって止められた。
「だけど、僕はミミさんといて幸せで、ミミさんも僕といて幸せだと、そう言ってくれたから」
そっと差し出された彼の左手。その薬指には私と同じ指輪が、しっかりと嵌められていて。
「この先も、僕はあなたと幸せを築いていきたいです。だから、頼りないかもしれませんが、」
ぎゅっと口元を引き締めて、少し緊張気味の彼の瞳が真っ直ぐ私を見据える。噛み締めるようにゆっくりと紡がれる彼のその言葉を私はきっと待っていたんだ。
「ミミさん、僕と幸せになりませんか?」
ゆっくりと、彼の左手に自分の左手を重ねる。そんな私の手を彼は優しく握ってくれる。ああ、いつもは当たり前なこの仕草が、どうしてこんなに嬉しいのかな。
「ねぇ、光子郎君」
私、あなたとなら何でもできる気がするの。あなたが居ればどんなことだって!
「大好きよ!」
あなたがいる事がこんなに幸せだって気付いてなかった。ずっと感じていた不安を一気に取り除いてくれるあなたは、やっぱり私だけのあなただわ。
「私、光子郎君と幸せになりたい」
ねぇ、だからずっと
この手を繋いでいてよね。
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