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メモリアル&10周年記念(無印版)


 君と過ごした夏が、
 今はもう懐かしい思い出で―――











「ヤマト」
「なんだよ」
「……」
「太一?」
 8月1日、朝の喫茶店にて。
 まだ人もまばらな店内の窓際の席を陣取って、二人は座っていた。二人の前にあるグラスには溶けかけの氷だけが、かろうじて残っている。そんな中で、ヤマトに話し掛けたはずの太一は、ぼうっとした様子で外を眺めたまま。

「太一」
「……」
「おい」
「……」
「わざとか、コラ」
「……」
「……太一」
「!?」
 ガタガタと大きな音をさせて、太一が立ち上がる……というよりも飛び上がるといった方が正しいだろう。

「冷てぇ! なにすんだよ!」
「こっちの台詞だ! 目、覚めただろ」
 ポタポタと太一の髪から水が滴り落ちる。そう、太一のグラスに入っていた氷と水を、ヤマトが頭からかけたのだ。もちろん少量ではあるが。

「話し掛けといて無視してんじゃねぇよ」
「だからって水かけることねーだろ!? どうすんだよコレ!」
 しっかり水が染みたシャツを見て、太一が嘆く。しかしヤマトはといえば、しれっとした様子で

「大丈夫だ、外に居れば乾く」
 と、指で窓の外を示す。なるほど、確かにカンカン照りの太陽で洗濯物はすぐに乾きそうだ。だが、それで太一が納得するはずもなく

「おまえな!」
 と、ヤマトに掴みかかる。そうすればヤマトも応戦するわけで、今にも大喧嘩に発展しそうになったその時!

―――バコッ、

 店内に乾いた音が二つ同時に響き、その途端に我に返ったような太一とヤマト。そして、

「いい加減にしなさい!」
 と、片手を腰に当て、もう一方の手には店のメニュー表を持った女性―――空が、ピシャリとそう言い放った。どうやら先程の乾いた音は、空がメニュー表で太一の頭を叩いた音らしい。いつの間にやら喫茶店に着いた空は、早々に二人の喧嘩を発見し、行動に出たというわけだ。

「君達はともかく、周りの人に迷惑になるだろう」
 空の隣に立ち、呆れたように言う男性は丈で、片手に自分のものらしきノートを持っている。偶然、空と同じタイミングで喫茶店に来た彼も喧嘩を見つけ、空のメニュー表同様、それでヤマトの頭を叩いたようだ。

「空……凶暴になっ、いてっ!」
 悪態をつこうとした太一の頭を、もう一度叩くと、空はにこりと満面の笑みを見せる。

「太一……何か言った?」
 顔は笑っているものの、明らかな負のオーラに気圧されて、太一は縮こまる。側でそれを見ていたヤマトも、そのオーラに呑まれたようで、神妙に席に座っている。

「ま、まぁまぁ空君、とりあえず座らないかい?」
 気をきかせた丈が声をかけると、空は軽く息を吐き、太一の隣に腰をおろす。

「まったく、少しは大人になったかと思えば……しっかりしてよね。もう、」
 ぶつぶつと小言のように呟いていた言葉を止め、空は窓の外に広がる空を見上げる。




「―――もう、10年も経つんだから」



「……」
「ああ」
「早いね」
 静かに呟いた空の言葉に、各々がそれぞれに反応を示す。想いを馳せるように無言で目を閉じる太一。頷いて、空同様、窓の外へ目を向けるヤマト。短い感想を述べながら苦笑するのは丈だ。

「長いようで、あっという間。だけど……短いようで、やっぱり長いわ」
 ぽつりぽつりと独り言のように空も呟く。

「遠い昔のように感じながら、まるで昨日のことのようにも思えるのに、ですか?」
 突然、4人が座るテーブルに影が重なった。そうかと思えば影の主は、空の発言に呼応するように問いを向けた。
「……光子郎君」
「お久しぶりです。遅くなってすみません」
 ぺこりと礼儀正しく頭を下げて、影の主―――光子郎は丈の隣へと腰かける。

「皆さん、随分しんみりしてますね。どうしたんですか?」
 席につくと、4人を見回し、光子郎が尋ねる。確かに後から来た光子郎にしてみれば、不思議な雰囲気だっただろう。そう考えて、4人は様々に苦笑を見せる。そこへ

「良かったー、みんな発見ー!」
 と、元気の良い女の子の声。

「ハロー、みんな。お久しぶり!」
 にこにこと愛らしい笑みを携えて、やってきたのはミミ。可愛らしいワンピースを翻しながら近付いてきたかと思えば、空の隣へと腰をおろしメニューを開く。

「店員さーん!」
 ひらひらと手を振って店員を呼ぶと、注文内容を告げ、メニューを閉じる。そうして一連の動作を終えた後

「で、みんな、何の話してたの?」
 ごくごく自然に話に入ろうとするミミ。その自由さに、ヤマトが口を開く。

「相変わらずだな……」
「あら? ヤマトさん、何か言った?」
「いや……」
 屈託のない満面の笑みで言われてしまっては、ヤマトも強くは言えず、適当に言葉を濁す。

「そう、ならいいの。で、何の話なの?」
 首を傾げながらミミが再度問う。

「あれからもう10年だね、って話だよ」
「……そう」
 丁寧に丈が答えを返せば、一度目を見開いて、その後に思い出すように目を細めるミミ。

「そうね、10年ね」
 店員が、ミミが注文した商品を持ってきて、伝票を置いて去っていく。

「……パルモン、元気かしら」
 注文したアイスティーを一口飲んで、呟くようにミミが言う。それはミミの気持ちであると同時に、そのテーブルに座る皆の気持ちでもあった。先程のような、しんみりした空気が流れる。
 しばらく、そんな空気が流れ、皆がしんと黙ってしまった中

「なぁ、」
 ずっと黙っていた太一が口を開いた。
 自然と全員の視線が太一に集まる。しかし、それは気にしていないのか、太一は窓の外を眺めながら言葉を続ける。

「いつまで続けるんだろうな、俺達」
 何を、とは言わなくても、なんとなくわかったようで、皆、黙りこくったまま。

「こうやって集まるたび、あの頃が思い出になっちまう気がするんだ」
 誰に言うでもなく、呟きのように太一は言葉を紡ぐ。

「思い出で間違ってないのかもしんねーけど、でもなんていうか、そうじゃなくて」
 適切な言葉が見つからないようで、ぐしゃぐしゃと頭を掻く太一。

「何年も経つうちに、鮮明なはずの記憶が薄れて、だんだん思い出せなくなって、だんだん色褪せていって、まるで、あの夏が夢だったんじゃないかって錯覚しそうになる」
 小さく息を吐いて、太一はまた口を開く。

「あいつが……アグモンが居ない日常に慣れて、それが当たり前みたいになってしまうのが怖ぇーんだ。今の俺じゃ、もうあいつに会えない気さえする……」
 ぎゅっと唇を噛み締める太一。

「あの頃の俺と、今の俺と、やっぱり違うんだよ。考え方も感じ方も、生き方さえ。“勇気”なんて、俺にまだあるのかわかんねぇよ」
 言って、伏せるように下を向く太一。

「……太一」
「!?」
 ガタンッと大きな音と共に、太一が立ち……飛び上がる。

「冷てぇ! ヤマト、お前っ!」
 涙目になりながら太一がヤマトに非難の視線を送る。先刻同様、ヤマトが太一にグラスの水をかけたのだった。

「大丈夫だ、今日は快晴だから。心配すんな、ばか太一」
「ば、馬鹿……!?」
「太一のばーか」
「なっ……空!?」
「本当に馬鹿ですね」「うんうん」
「光子郎にミミちゃんまで……!」
 口々に馬鹿と言われ、さすがにショックを受ける太一。そこへ、丈が苦笑しながらおしぼりを差し出し、声をかける。

「まぁまぁ太一。みんな、本当に馬鹿にしてるんじゃないさ。太一の言ってること、わからないわけじゃないんだよ」
「え?」
 その言葉に、太一は丈へと視線を向ける。それに気付くと、控え目に笑って、丈が言葉を続ける。

「充実していた……っていうと何か違う気もするけど、あの夏が輝きすぎていて、今の自分がつまらなく思えてしまう。しかも、大人に近付くたび、子どもの……あの頃の自分とかけ離れた人になっている気がするんだ。“誠実”だなんて、そんな風に言ってもらえるほど正直に生きているわけじゃないよって」
 溜め息のように軽く息を吐く丈。

「そう思った時、もう自分はあの世界に呼んでは貰えないんじゃないかと不安になる。あの世界とは遠い存在になってしまったんじゃないかって」
 世の中いろんなことがあるからね、そう言って丈は言葉を止める。すると、その言葉を補うかのように

「私だって」
 と、ミミが口を開く。

「“純真”の紋章に今、ふさわしいかわからないわ。昔は受け入れられなかった感情も、今は「そういうものよね」って。わかりあえないのなら仕方ないわって諦めちゃうこと、あるもの。でも、変わらないことだって、やっぱりあるの」
 残念そうに話していたものの、最後にはまた元のように元気なミミに戻る。その言葉を受け継ぐかのように、今度は光子郎が口を開く。

「僕が知ることのできる範囲だとか限度だとか、昔より、やはり限りが見えてくることもあって。“知識”に何の意味が……って思わないわけではありません。でも、僕は知りたいと思う心を無くしてはいない。それだけはきっと、昔から変わっていません」
 そこまで言って、ふっと表情を緩める光子郎。

「それでいいんじゃないですか?」
 光子郎のその言葉に続くように、今度は空が口を開く。

「今の自分に“愛情”の紋章がふさわしいのかなんてわからないわ。いろんな愛の形があって、全て受け入れられるわけでもなければ、理解できるわけでもないもの。でもね、でも……昔の私と今の私は違うかもしれないけど、それでも私は私でしかないのよ」
 そう言って、空は太一へと目線を合わせ、射抜くように見つめる。

「太一も、太一でしかないのよ。あの夏を過ごした太一も、今の太一も、全部が太一なのよ」
 呆然と皆の話を聞いていた太一は、空にそう言われ、少しの間の後に頷く。

「不確かなことで悩んでんじゃねぇよ」
 静かにヤマトが言葉を発する。

「“友情”がどうとか、いまだにそんなわかってねーし。それくらい不確かなもんだろ、紋章の意味なんて」
 そこまで言うと、睨むかのように太一へと視線を合わせ、声を大きくするヤマト。

「過ぎた思い出になってしまうのが嫌なら、思い出にさせなければいいんだ、お前が!」
 お前、を強調するように語勢を強めて、ヤマトは言葉を紡ぐ。

「あの夏、子どもだった俺らには俺らなりの闘い方があった。それなら」
 ニヤリと口角をあげてヤマトが笑う。

「今、大人の俺らには、俺らなりの闘い方がある、だろ?」
 ヤマトと同じように不敵な笑みを見せて、太一が言葉を続ける。

「思い出のまま終わらせたりしねーよ」
 そう言った太一の目には、かつて冒険をしていた彼と同じ輝きがあった。

「……単純なやつ」
「うっせーぞ、ヤマト」
 いつものような二人の雰囲気に、周りのメンバーも笑う。




「よっしゃ、じゃー今年も行くか!」
 テーブルの伝票を手に取って、太一がみんなに声をかけた。







「ああ、悪いな、太一。奢ってくれるのか」
「は?」
「伝票持ってるし」
「いや、これは成り行きっつーか」
「太一、ありがと!」
「え、ちょ、空?」
「年下に奢って貰うなんて申し訳ないなぁ」
「なっ、え、まっ待て、丈!」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
「光子郎!?」
「太一さん、ありがとー!」
「ミミちゃんも!? ちょ、待てお前らなぁ!」
 そんなやりとりが、ざわめく店内へと溶け込んで消えていく。
 賑やかに笑い合う6人。
 すっかり大人びてしまった、その姿には、それでも確かにあの夏の面影があった。






紡ぐはあの夏の、


(続きを描くのは僕らだ!)






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遅れすぎたけど
8月1日おめでとう!
10周年もおめでとう!
いつまでも大好きです^^!




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